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ロアッソ熊本は18日、新体制発表と新加入の選手・スタッフの記者会見、19日はえがお健康スタジアアムで初練習、20日にはサポーターやスポンサーを招いて新体制の“お披露目”を行いました。

ただその前に、やはり触れておかなければいけないのは、15日に公式発表された巻誠一郎選手の引退でしょう。

「クラブは、巻選手との契約を更新するべく話し合いを続けてまいりましたが、巻選手から引退の申し出があり、その意志が固いことから現役引退を受諾することといたしました」(公式)。チーム最年長選手。いつかは来る日でしたが、この機会とは思ってもみませんでした。

翌日の記者会見で引退理由を問われ、「J3降格に終わった昨季を踏まえ『チームをまとめきれなかった』と述べ、リーダーの役割を果たせなくなった点」(熊日)を上げた巻。「自分の価値を還元できなくなった時はプロをやめようと思いながらプレーしてきた」と言う。

16年間のプロ生活のうち、5シーズンを熊本で共に戦いました。熊本出身で初のW杯戦士。その加入は、長いことわれわれ熊本側の“片思い”でしたが、あれは忘れもしない2014年の新体制発表会。最後に名前を呼ばれ、突然ステージに姿を現した巻。「今日契約を取り交わした」という池谷GM(当時)のコメント。と同時に、ロアッソの公式HP、全く時を同じくしてヴェルディのHPで移籍が発表されました。まさにサプライズでした。

この5年間。ピッチ上はもちろん、ピッチ外でも欠くべからざる選手でした。やはり思い出すのは、熊本地震後、チームが熊本に残ってやっていくことを発表した、クラブハウスでの涙の記者会見。練習後も自主的に避難所を精力的に訪問するその姿。その後、リーグ戦に復帰してすぐに連敗し、結果が伴わない悔しさもどかしさを吐露した試合後のインタビューでの涙。常に“熊本”を引っ張り続けたリーダーの姿でした。

「出場機会は少なかったけれど、わずかな時間に90分間のエネルギーを注いだ」(熊日)という。それは見ているこちらにも十分伝わってきた。決して満足のいく5年間ではなかったでしょう。けれど「このロアッソ熊本というクラブが僕の中で、もちろん誰にもそういう話はしてないんですけども、最後のクラブにしようという覚悟を持って(2014年に)帰ってきました」「やっぱり最後は、生まれ育った自分の街のクラブで引退できるのは幸せなこと」(熊本蹴球通信)と言ってくれた。

「新たなリーダーを育てる必要に迫られる」(熊日)と言う織田GMの言葉は正直な気持ちでしょう。ひるがえって、J3に舞台を代えて戦う新体制のわがチーム。1年でJ2復帰というミッションがあるなか、“降格組”“優勝候補”と目される熊本に対して相手チームもしゃかりきになって戦ってくるに違いありません。相当なプレッシャーが予想される。

そのとき、チームメイトを鼓舞するのは誰になるのか。もちろんピッチの外からは、われわれファン・サポーターに課せられた仕事にもなってくるでしょう。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2018.12.28 年末ご挨拶
恒例により年末のご挨拶を申し上げます。

昨年の年末ご挨拶を読み返してみると、震災に見舞われ逆境のなかで残留した一昨年より苦境だったと書いています。しかし運よく降格は免れた。「ならば、この“幸運”を活かすしかない」と。

けれど今シーズン同じ轍を踏み、同じ21位という順位。幸運には恵まれず、あえなくJ3降格という結果に見舞われ、ファン、サポーターにとっては辛い年となってしまいました。

と、感傷的な書き出しになってしまいましたが、そんな気持ちに浸っている暇もないように、クラブからは移籍情報が発表され続けています。先日の原一樹に加えて、今週はFW三島康平、ボランチの岡本知剛をいずれも松本山雅からの完全移籍で獲得。十分な実績を兼ね備えた両選手の加入。先に「熊本蹴球通信」の記事で、織田GMが言っていたとおりの“チームの形”が出来ているようで、期待感が高まります。

「熊本蹴球通信」では、その後も渋谷監督インタビュー、初めての試みとして蔵原専務を始めとしたスタッフの次期シーズンへの方針などが読めて、非常に興味深いものがありました。

こういった内部の情報や考え方を明らかにしていくクラブ側の姿勢もうれしいですが、それを引き出すメディアに恵まれていることも、熊本の良さのひとつではないでしょうか。井芹さん、この1年も大変ありがとうございました。

それから弊ブログとしては、毎回のように拍手コメントをいただく読者の方にも1年のお礼を申し上げなければいけません。お名前を上げてご返信できませんが、ありがとうございました。

古巣に戻る皆川、新しいチャレンジをする安。二人のFWもたくさんのゴールをありがとう。タオルマフラーをびゅんびゅん回したシーンを忘れません。

さて、われわれは来季、明らかになりつつある新しい陣容でJ3を戦い、1年でのJ2復帰という“ミッション”を達成しなければいけません。それ以上に、目標はJFL時代も達成できなかった「リーグ優勝」。その願掛けに、元旦は初詣に出かけます。

寄る年波に負けそうになりますが、なんとか綴ってまいります。来年もどうぞよろしくお願いいたします。


2018.12.19 移籍
選手たちの契約交渉の進むこの時期、かねて報道もされていた田中達也選手のガンバ大阪への完全移籍が、14日にクラブから正式発表されました。

今シーズンの攻撃のかなめだった選手の流出は痛いところではありますが、ガンバというJ1でも有数のビッグクラブへの移籍。長くはない選手生命のなかで、「自分自身のサッカー人生のために挑戦させてもらうことを決めました」(公式)という彼の決断に、拍手を持って送り出したい。

これは契約に関わる話なので、書いていいものかどうか迷いましたが、聞いた話ということで勘弁ください。田中の今季の活躍を見て、シーズン途中に当然他のクラブから声がかかっていたそうです(ガンバかどうかは不明)。しかし、苦境にあるチーム状況を鑑みて、その話は断った。そればかりか、シーズン途中で自ら提案し、クラブに移籍金が残る契約に変更したのだとか。(おそらく今シーズンで切れる契約だったのでしょう)

美談にもほどがあります。

さて、もうひとりの個人昇格移籍は米原。移籍先が松本山雅というのが、個人的にはちょっと残念なのですが、五輪代表監督の経験もある反町監督のたっての希望だったと聞くと、うまく育ててもらって、是非東京五輪メンバーに食い込んでもらいたい。こちらも応援したいものです。

お金の話ばかりで申しわけないのですが、米原の場合は下部組織出身なので、その在籍年数を換算した育成補償金がクラブに支払われるものと思われます。意外に高額だとか。
こうやっていい選手を育てて、クラブに移籍金を残してくれるという形は、“プロビンチャ”たるわがクラブのある意味理想の形でもあると思っています。

田中の移籍発表と日を同じくして、まるでその悲しみを吹き飛ばすように、讃岐の原一樹の完全移籍加入も発表されました。これには正直驚かされました。

原一樹といえば、ネット上では「熊本絶対殺すマン」と称されたように、対戦のたびに点を決められた選手(その他のチームからも○○絶対殺すマンと呼ばれていたとか笑)。神出鬼没な裏への飛び出しや、決定力は脅威でした。昨日の敵は今日の友。前線の選手たちの去就が不安視されるなか、これはビッグネームの獲得でした。

クラブは大学新卒選手4人の加入も発表しています。駒澤大学10番を背負うMF中原輝、筑波大学の主将、DFの小笠原佳祐、東海大学熊本からDF酒井崇一、宮崎産業経営大学からFW北村知也。いずれも即戦力を期待しての獲得。織田GMは、「池谷(友喜)に対してそういう厳しい判断をしているわけですから、大卒の選手は即戦力でやってもらわないといけない」と断言する(熊本蹴球通信)。

「夏ぐらいには、次の構想の芯はできていました」と言う織田GM()。

フロント側の反省として、「やっぱり選手の人数が多かった。33人でスタートして、夏の補強で36人。これではトレーニング効率が下がりますし、試合に絡める選手と、ちょっと試合から外れてしまうメンバーとに分かれがちで、チームの一体感を醸成しにくくなっていた」(同)「来年はスタートが28人くらいになる」(同)と明言します。

一方では契約満了の選手たちも発表されました。われわれは選手を追いかけたりすることはあまりないのですが、一度は赤いユニフォームに袖を通した、縁ある選手たちには、今後もどこかで頑張って行ってもらいたいと思います。

寂しさもあり、わくわくする気持ちもありの師走。「1年でJ2に戻るために、来年は臥薪嘗胆」だと言う織田GM。今最大の腕の見せ所です。

2018.01.14 始動。
明けましておめでとうございます。と言うにはすでに月もなかば。ゆっくりと休みをいただきました。今年もよろしくお願いいたします。

われらがロアッソ熊本は、その間多くの選手人事があり、そして年明け10日に新入団選手を中心とした記者会見、11日からチームとしても始動しました。あいにくの大雪のなか、苓北キャンプをスタートさせましたが、渋谷新監督の「私が北海道出身のため雪を連れてきた」という発言で和ませました。

選手の出入りは、もう収まったということなのでしょうか。それにしても最終戦までもつれた”残留”、そしてフロント改革の割りには、素早く、そして手堅い選手獲得が行われてきたように思います。
10日に発表された選手一覧を、われわれは生年(年齢)順に置き換えて、その年齢分布がわかりやすいようにしてみました。赤字が新入団選手。

1980(38) FW巻誠一郎
1982(36) DF青木剛(鳥栖)
1983(35) DF片山奨典
1984(34) DF園田拓也
1986(32) MF上里一将、GK 佐藤昭大
1987(31) MF伊東俊(京都)、DF 多々良敦斗(千葉)
1988(30) DF植田龍仁朗
1989(29) GK畑実、MF黒木晃平、MF 村上巧
1990(28) FW安柄俊
1991(27) MF中山雄登、MF上原拓郎、DF小谷祐喜、 GK野村政孝、 FW皆川佑介(広島)、 DF高瀬優孝(大宮)
1992(26) MF田辺圭佑(琉球)、MF田中達也、DF 鈴木翔登
1993(25) MF八久保颯、GK内山圭、 DFイム・ジンウ
1994(24) FW佐野翼(新潟S)
1995(23) MF林祥太、MF上村周平、MF池谷友喜(中央大)、MF坂本広大(中京大)
1996(22) DFヤン・サンジュン
1998(20) MF米原秀亮
1999(19) DF衛藤幹弥 (ユース)

こうしてみると分かるのは、中軸、縦のラインにきっちりと補強があっているということですね。鹿島時代に日本代表にも呼ばれたことのあるベテラン青木をCBで使うのかそれともボランチなのか。多々良はSBなのかCBなのか。伊藤をどこで使うのか。シンガポールで得点王を取った佐野の実力は。色々楽しみな面もありますが。

一番興味をそそられたのは、まずは最初に発表のあった左SBの高瀬、そのあとのFW皆川、ボランチの田辺という、FW安も含めた”中央大の攻撃ライン”の完成ですね。これは安があって、中央大OBの池谷氏が辞任前から描いていたことだったのか。それとも広島・皆川を含めて新任・織田GMの仕事なのか・・・。非常に興味深いところですが、それは今後のマスコミの取材に期待しましょう。

若手では、ユースからDF衛藤のトップ登録。そして、池谷と坂本の大学を経ての入団は、クラブの歴史としては初めてとなります。

一方で、退団選手も記述しておかねばなりません(かっこ内は移籍先)。一番のエポックは、嶋田でしょうか。大宮へ完全移籍となりましたが、これはユース出身選手が初めて他チームへ移籍するというケース。育成費も含めた移籍金など、クラブにとって初めてのケースになったのではないでしょうか。

小牧成亘(藤枝)
薗田 淳(秋田)
田鍋陵太(未定)
光永祐也(藤枝)
三鬼海(山形)
嶋田 慎太郎(大宮)
モルベッキ(磐田)
平繁龍一(群馬)
木村祐志(水戸)
グスタボ(未定)
菅沼 実(未定)
ジュニオール(未定)

さぁ新しい顔ぶれになった熊本。主軸の多くは残り、そしてその上に新戦力が追加されたように思います。

11日、初日の練習後、渋谷監督は記者団に、「熊本はハードワークが持ち味」と、大宮時代の対戦の印象も踏まえてでしょう、そうコメントしました。そして「それが当たり前になるようにそれに取り組む」と。

さぁ、どんなチームづくりになるのでしょうか。開幕戦は2月25日(日)アウェー山口戦に決定しました。なにはともあれ、そこまでの底上げ。楽しみでしかありません、

7月12日
第97回天皇杯全日本サッカー選手権【3回戦】(浦和駒場)
浦和 1-0(前半1-0)熊本
<得点者>
[浦]高木俊幸(45分+2)
<警告>
[浦]ズラタン(54分)
観衆:5,806人
主審:村上伸次


スカパーで観戦しました。翌日の熊日の見出しに取ってあるように「あと一歩」、惜敗というのが実感です。

2回戦で水戸を延長の末破った熊本が、J1浦和との対戦権利を勝ち取りました。本来、格下のホームで行われるはずだった3回戦ですが、15日に控えているドルトムントとの親善試合という浦和側の事情でしょうか、それともえがおスタジアムが空いていなかったのか、敵地・駒場での開催になったのは実に残念。浦和とは初めての対戦。ホームスタジアムに浦和を迎えることができたらどれほどの感慨だったでしょう。

リーグ8位を良しとしない浦和。ペトロヴィッチ監督は、リーグ戦の新潟戦、そしてこの熊本とのカップ戦での結果に、自らの進退を掛けると明言していたようです。新潟には勝利したものの、なんだか周囲の雑音も落ち着かないなかでの対戦。浦和は、スタメンを大幅に入れ替えて、熊本を迎え撃ちます。

対する熊本の先発も、リーグ戦のさなかの中3日とあって完全にターンオーバーが予想され、どんなスタメンかと心配されましたが。蓋を開けてみれば”総替え”、シャドーに林、嶋田。WBに齋藤、片山。ボランチにはコンバートされた三鬼。CBの中心には米原という布陣。しかし、これはこれでまた非常に興味深く、密かに期待を持たせる配置になっていて。試合前の池谷監督のコメントも「そんなにレギュラー組と控えとの力の差があるわけではない」(スカパー)と言う。

20170712天皇杯浦和

格上の浦和相手に、「チャンスは少なくてもいかに勇気を持って前につけたり背後に出したり、パワーを持ってやれるか」が大事と戦前話していた池谷監督(熊本蹴球通信)。いやなかなかどうして、開始早々から縦に付けるパス、裏を取ろうという意識のパスが、チーム戦術の浸透を感じさせる。

浦和は左サイドを破ってのアーリークロスから、FWズラタンのヘッド。しかし、これは枠を超えます。

しかし前半全体を通して浦和の攻撃は停滞している。「6:4か7:3くらいでボールを握られる展開になると思う」(同)と言っていた指揮官でしたが、熊本の守備がはまっている。浦和のボール運びは”型にはまっている”が、最後のところでパスミスや、フィニッシュの精度に欠ける。

熊本は後方から三鬼が縦に付けると、嶋田がすかさずスルーパス。齋藤が右から裏を取ってPエリア侵入。右足シュートはDFがスライディングで入りクリアされます。惜しい。解説の福田正博氏が齋藤のこのプレーに、「GKを二度見した間にDFに入られた」と言う。FWらしい解説。

ほとんど互角ではなかったでしょうか。前半のアディッショナルタイム。しかし浦和に与えたFK。このチャンスに立った高木の右足のキックは無回転。熊本がセットした壁を越え(グスタボのジャンプは甘かったかも知れません)、角度を落としてゴール右隅に転がり込む。これはGK野村にもノーチャンスと思える、高木を称えるべきゴールでしたね。

前半のうちに先制されると厳しいのは熊本の常。浦和は後半開始早々から怒涛の攻撃を仕掛けてきますが、なんとか凌ぐ熊本。

そんななかで、中盤でカットした齋藤が浦和DFを置き去りにして一気にドリブルで持ち込み右から入れたクロス。しかし、ファーに走り込んだ林に合わない。バウンドのせいか。それにしても同点の絶好機を逃しました。

後半は、疲労したせいもありましたが、かなり浦和にボールを保持されて、攻められましたね。しかし、粘り強くゴールを死守したし、浦和の拙攻にも助けられました。浦和はおそらくうちをスカウティングしていなかったでしょうし、メンバーの連携も熟成度がありませんでした。

勝利した浦和側になにか新たな”収穫”があったかどうかは知りません。が、しかし、熊本の方はと言えば、間違いなく大きな収穫を得た”敗戦”だったのではないでしょうか。

池谷監督の志向する3-4-3のシステムにおいて、十分なバックアップメンバーがいることが、この試合で確認できた。出色だったのは、SBからコンバートされた三鬼の出来。そして、米原のルーキーとは思えぬような落ち着いたプレー。

前節称えた村上のCBの働きが本職がボランチ上のこともあるならば、その控えに米原という存在は適正かと。それもこれも、開幕前のニューイヤーカップから緊急避難的に米原をDFで使っていたことも奏効したのかも知れないなと思うのです。

そんなこんな、選手たちの能力を最大限に活かすように。そしてそれを自らが目指す”組織”のなかに落とし込む。この池谷戦術は、前回監督を引き受けた2013年とはちょっと違うような気がしていますが、もう少しリーグ戦を見てからということで、そのことを書くのはまた別の機会にしたいと思います。