7月12日
第97回天皇杯全日本サッカー選手権【3回戦】(浦和駒場)
浦和 1-0(前半1-0)熊本
<得点者>
[浦]高木俊幸(45分+2)
<警告>
[浦]ズラタン(54分)
観衆:5,806人
主審:村上伸次


スカパーで観戦しました。翌日の熊日の見出しに取ってあるように「あと一歩」、惜敗というのが実感です。

2回戦で水戸を延長の末破った熊本が、J1浦和との対戦権利を勝ち取りました。本来、格下のホームで行われるはずだった3回戦ですが、15日に控えているドルトムントとの親善試合という浦和側の事情でしょうか、それともえがおスタジアムが空いていなかったのか、敵地・駒場での開催になったのは実に残念。浦和とは初めての対戦。ホームスタジアムに浦和を迎えることができたらどれほどの感慨だったでしょう。

リーグ8位を良しとしない浦和。ペトロヴィッチ監督は、リーグ戦の新潟戦、そしてこの熊本とのカップ戦での結果に、自らの進退を掛けると明言していたようです。新潟には勝利したものの、なんだか周囲の雑音も落ち着かないなかでの対戦。浦和は、スタメンを大幅に入れ替えて、熊本を迎え撃ちます。

対する熊本の先発も、リーグ戦のさなかの中3日とあって完全にターンオーバーが予想され、どんなスタメンかと心配されましたが。蓋を開けてみれば”総替え”、シャドーに林、嶋田。WBに齋藤、片山。ボランチにはコンバートされた三鬼。CBの中心には米原という布陣。しかし、これはこれでまた非常に興味深く、密かに期待を持たせる配置になっていて。試合前の池谷監督のコメントも「そんなにレギュラー組と控えとの力の差があるわけではない」(スカパー)と言う。

20170712天皇杯浦和

格上の浦和相手に、「チャンスは少なくてもいかに勇気を持って前につけたり背後に出したり、パワーを持ってやれるか」が大事と戦前話していた池谷監督(熊本蹴球通信)。いやなかなかどうして、開始早々から縦に付けるパス、裏を取ろうという意識のパスが、チーム戦術の浸透を感じさせる。

浦和は左サイドを破ってのアーリークロスから、FWズラタンのヘッド。しかし、これは枠を超えます。

しかし前半全体を通して浦和の攻撃は停滞している。「6:4か7:3くらいでボールを握られる展開になると思う」(同)と言っていた指揮官でしたが、熊本の守備がはまっている。浦和のボール運びは”型にはまっている”が、最後のところでパスミスや、フィニッシュの精度に欠ける。

熊本は後方から三鬼が縦に付けると、嶋田がすかさずスルーパス。齋藤が右から裏を取ってPエリア侵入。右足シュートはDFがスライディングで入りクリアされます。惜しい。解説の福田正博氏が齋藤のこのプレーに、「GKを二度見した間にDFに入られた」と言う。FWらしい解説。

ほとんど互角ではなかったでしょうか。前半のアディッショナルタイム。しかし浦和に与えたFK。このチャンスに立った高木の右足のキックは無回転。熊本がセットした壁を越え(グスタボのジャンプは甘かったかも知れません)、角度を落としてゴール右隅に転がり込む。これはGK野村にもノーチャンスと思える、高木を称えるべきゴールでしたね。

前半のうちに先制されると厳しいのは熊本の常。浦和は後半開始早々から怒涛の攻撃を仕掛けてきますが、なんとか凌ぐ熊本。

そんななかで、中盤でカットした齋藤が浦和DFを置き去りにして一気にドリブルで持ち込み右から入れたクロス。しかし、ファーに走り込んだ林に合わない。バウンドのせいか。それにしても同点の絶好機を逃しました。

後半は、疲労したせいもありましたが、かなり浦和にボールを保持されて、攻められましたね。しかし、粘り強くゴールを死守したし、浦和の拙攻にも助けられました。浦和はおそらくうちをスカウティングしていなかったでしょうし、メンバーの連携も熟成度がありませんでした。

勝利した浦和側になにか新たな”収穫”があったかどうかは知りません。が、しかし、熊本の方はと言えば、間違いなく大きな収穫を得た”敗戦”だったのではないでしょうか。

池谷監督の志向する3-4-3のシステムにおいて、十分なバックアップメンバーがいることが、この試合で確認できた。出色だったのは、SBからコンバートされた三鬼の出来。そして、米原のルーキーとは思えぬような落ち着いたプレー。

前節称えた村上のCBの働きが本職がボランチ上のこともあるならば、その控えに米原という存在は適正かと。それもこれも、開幕前のニューイヤーカップから緊急避難的に米原をDFで使っていたことも奏効したのかも知れないなと思うのです。

そんなこんな、選手たちの能力を最大限に活かすように。そしてそれを自らが目指す”組織”のなかに落とし込む。この池谷戦術は、前回監督を引き受けた2013年とはちょっと違うような気がしていますが、もう少しリーグ戦を見てからということで、そのことを書くのはまた別の機会にしたいと思います。

DAZNニューイヤーカップを観るために、早速入会し、古かったWi-Fiルーターを買い換えました。しかし、速度は出ているものの、どうしても大画面にすると止まってしまう。ノートPCの能力もあって駄目なのかなと思いましたが、巷間言われているようにブラウザを通常使っているFirefoxから、IEに変更したら無事大画面でもストレスなく観れるようになりました。これまでスカパー!のオンデマンドで観ていた人なら、全く違和感はないのではないでしょうか。ただ、われわれのように、これまでの全試合を録画して、”持って”いた人間にとっては、ちょっと寂しいことになります。

さて、ニューイヤーカップの鹿児島ラウンドが終了しましたが、何とも言えない結果に終わりましたね。初戦の磐田戦こそ新加入選手の活躍で同点に終わりましたが、2戦目の鹿児島戦は0-1の敗戦。最終戦の北九州戦にも0-3で破れました。3戦を通して得点はわずか1。

”何とも言えない”と言ったのは、怪我人が多すぎて、まともなメンバーで試合が出来ていないという意味もあります。このプレシーズンのカップ戦でいつも期待するのは、新加入選手のパフォーマンス。しかし、アン・ビョンジュンもグスタボも、ヤン サンジュンも居ない。

更には、選手層が厚くなったはずのCB、植田もいなければ、薗田、小谷も出てこない。本来CBが本職ではないルーキーの米原、そして第1戦や第2戦では、左SBが本職の光永をCBに起用する始末。第3戦北九州戦でやっと、期待のイム ジンウを先発起用し、その類まれなる身体能力を見ることができましたが、試合途中で故障してしまい交代。これまた開幕に間に合うのかどうかという心配・・・。

ここまで故障者の多いプレシーズンも珍しいのでは。フィジカルスタッフも頭を抱えているのかも。開幕戦をチーム力のピークに持っていくのは難しいかも知れませんね。清川監督のインタビューの切れ味の悪さも、それを物語っているような気がします。

さて、そんななかでも”発見”はありました。一番はユースから昇格した米原の活躍。まだまだ線が細いと言われながらも、百戦錬磨の相手FWに対して臆することないそのCBでの戦いぶりはなかなか見事でしたし、持ち前のパスセンスから、第1戦では嶋田の得点の起点になりました。第3戦北九州戦でも随所で後方からいいパスを出していました。

第1戦磐田戦、右SBで先発した三鬼の働きぶりも出色でした。思い切りのよい飛び出し。前述の米原からの早いパスをダイレクトぎみにアーリーでクロスを入れた判断。狙いのニアの齋藤は潰れたものの、ファーに詰めていた嶋田の得点に繋がるいいクロスでした。

ボランチの上里は3戦とも先発しましたが、もう間違いない、期待どおりの能力を発揮してくれていますね。フィールドを俯瞰して見る能力があるのでしょう。随所で大きなサイドチェンジのパスを出し、好機を演出します。あとは、この上里とコンビを組むボランチが誰なのか。3戦で一番時間が長かったのは村上でしたが、上村も面白いし、今季は中山もここに絡んでくるようです。それぞれに特徴があって面白い。

さてさて。開幕まであと2週間。観られなかった選手が多すぎて”何とも言えない”状況です。ここから追い込みが間に合うのか、故障選手たちが間に合うのか。

ニューイヤーカップ。結果も残念なものでしたが、この段階ですでにチームのやり繰り自体が厳しくなっている。そんな状況だと思いました。

2017.01.15 新年ご挨拶
たいへん遅くなってしまいましたが、明けましておめでとうございます。例年より早いチームの始動、新体制発表会の報道を受けて更新するつもりでしたが、新年会続きで結局週末になってしまいました。

新しいチーム体制の前に、契約満了の選手たちについて列記しておきたいと思います。()は移籍先。

清武功暉FW(千葉)鳥栖から完全移籍
若杉拓哉FW(退団)
髙柳一誠MF(山口)
キム テヨンMF(未定)
藏川洋平DF(未定)
森川泰臣DF(ヴ大分)
原 裕太郎GK(愛媛)
金井大樹GK(未定)
永井建成GK(京都)

鳥栖から期限付き移籍だった清武がいなくなることは、シーズン中からおおかた覚悟はできていたのですが、同カテゴリーの千葉になってしまいましたね。対戦が楽しみでもあり、嫌でもあり。夏場の過密日程で力になってくれた高柳やキムが満了になったのは驚きでした。新チーム編成のなかでの構想外ということなんでしょうか。残念でもあります。

ほかには、鈴木翔登DFが北九州、小牧成亘MFが沼津に期限付き移籍となりました。震災の影響で練習試合が組めず、サブ組の底上げができないままで、なかなか公式戦に絡めませんでした。大卒選手としては正念場となります。

続いて新加入選手の顔ぶれ。()は前年の所属チーム。

アン・ビョンジュンFW(金沢)川崎から完全移籍
グスタボFW(名古屋)ECバイーアから期限付き移籍
田中達也FW(岐阜)期限付き移籍から復帰
林 祥太FW(国士舘大)
上里一将MF(札幌)
イム ジンウDF(嶺南大)
ヤン サンジュンDF(韓国外国語大)
光永祐也DF(沼津)福岡から完全移籍
三鬼 海DF(元町田)
野村 政孝GK(秋田)名古屋から完全移籍

ほかには、C大阪から期限付き移籍していた小谷 祐喜DFが完全移籍。そして何より北嶋秀朗コーチの復帰は嬉しく頼もしいニュースでした。

こうやって見ると、札幌から移籍のMF上里は実力十分ですが、あと公式戦に絡んでいた実績という意味ではアン・ビョンジュンと田中ぐらいか。しかし、各々のプロフィールを探るとなかなかのポテンシャルのようで。実績や知名度よりも、潜在能力に期待して集めたという感じがします。もちろんチーム財政からすればこのやり方しかないわけですが。昨シーズン、チーム得点王だったエース清武だって、鳥栖では公式戦にほとんど絡めていませんでしたからね。

秘めたポテンシャルを、池谷社長の言う「日本一厳しいトレーニング」で引き出して、育てて戦う。ということでしょう。多くの主力級の選手の流出は免れ、そのうえでの上積みといえます。緊急避難的に固定がちにならざるを得なかった昨シーズンでしたが、もう一度小野監督時代のようにチーム内での競争を煽り、多くの選手が試合に絡むようなチーム作りに期待したいと思います。

池谷社長が発表した今季の目標も、これまでは「プレーオフ進出」というものだったのが、「J1昇格」という明確な表現に変わったのですから。2位以内、あるいはプレーオフを勝ち上がるというのは、相当なチーム力の底上げを意図しているわけで。

プレシーズンマッチが今年もあるようです。全試合放送で長らくJリーグを支えてくれたスカパーから放送権が移って、DAZNというネット配信になりますが、さてこちらのほうの実力のほども気になります。

今年もぼちぼちと更新してまいりますのでお付き合いください。よろしくお願いいたします。

2016.12.29 年末ご挨拶
2016年も暮れようとしています。恒例により、年末のご挨拶を申し上げます。

恒例とはいえ、今年はいつもと違ったご挨拶にならざるを得ません。クラブにとっても、皆さんにとっても、そしてわれわれにとっても、とても大変な年だったことは間違いないことですから・・・。

4月25日のエントリー「平成28年熊本地震」に書いたとおり、われわれのなかのひとりの住まいは益城町にあり、「自宅別棟が全壊、周囲の家々も軒並み壊滅状態。お隣では亡くなった方も」ありました。町は、まだまだ震災直後から変わらずといった状況もあり、塞いだ気持ちも晴れることがありません。また、別のひとりは、本震後の車中泊が祟ったのでしょうか、高齢の父親を昼夜問わず懸命の看病もむなしく、およそ二ヵ月後に看取りました。

震災は、多くのものを奪い去っていきましたね。この熊本の地で。

わがホームチームの苦悩の一年は、前エントリーで書いたとおりです。よくぞ、この悪条件のなかで、”残留”という資格を勝ち取ったものだと称えたい。われわれはそう思っています。

前エントリーでも紹介した「Jリーグサッカーキング」1月号「がまだせ熊本!」を読むと、巻のインタビュー、清川監督、清武の思い・・・。どのコンテンツも涙を禁じえないのですが、そこに共通していたのは、この震災を経験して熊本というクラブが間違いなくひとつランクアップしたのだということ。それはチームがこの逆境に対して”戦う”という一体感はもちろんですが、ファン、県民との”絆”が更に増したこと。いやそれ以上に、このクラブが、震災を経て、県民にとって”なくてはならない存在”としての認識(再認識ともいえますが)が広がったこと。ではないでしょうか。

震災で失ったものだけでなく、得られたものも確かにあった。そんな一年でした。

そしてもちろん、皆さんも一緒かも知れませんが、震災以外でも、辛いこと、嫌なこと、残念なことが色々あった一年でしたね。

多くのひとにとって忘れられない年になるかもしれない。2016年が暮れようとしています。

大晦日は久しぶりに近所の鐘衝堂に、除夜の鐘を衝きに行こうと思っています。百八つの”煩悩”を掃うのが除夜の鐘の慣わしですが、今年は少し趣きを変えて、心を鎮めるために鐘を衝き、色々なことに手を合わせたい。今年の色々な”災い”をお払いしたい。そして来るべき新年を新しい気持ちで迎えたい。そんな風に思っています。

来るべきシーズンは、わがチームも新たな戦力でいいシーズンになるように。

皆様、よいお年を。

先週末、Jリーグは全日程を終えました。3日、J1年間王者を決めるチャンピオンシップでは、年間勝ち点3位の鹿島が、同1位の浦和を破って優勝を勝ち取りました。
4日はわれわれJ2リーグ関連の試合が行われ、まずJ2・J3入れ替え戦ではJ2金沢がJ3・2位の栃木を連勝で下してJ2残留を決め、プレーオフでは、3位松本に打ち勝った6位岡山を、5位京都を下した4位C大阪が迎え撃ちましたが、C大阪が勝利を納めJ1昇格の最後の枠を勝ち取りました。

”プロビンチャ”の可能性に期待された岡山も、わずかに昇格には及ばなかった。一方、J3降格から1年でのJ2復帰を目指した栃木は連敗。いずれも、各カテゴリーにおける昇格の難しさを実感させられ、またさらに栃木においては”降格”の厳しさを思い知らされ・・・。過去、われわれも”青の時代”に経験した地域リーグ降格、それから”赤の時代”を経たあの地域リーグ決勝での3位昇格というギリギリ感。JFLを1年で通過できなかった苦い経験・・・。時代も立場も違いますが、胃に穴の空くような”昇格、降格の厳しさ”を思い出させました。

さて、恒例により、今シーズンを振り返るエントリーを書かなければなりませんが。前エントリーで書いた「熊日の連載」に加え、今年は「Jリーグサッカーキング1月号」が、「がまだせ熊本!」と題して熊本を特集し、このシーズンを詳細に振り返り、報道してくれていますので、もうわれわれが何かを書く必要もない感じもします(笑)。

更にも増して、今シーズンはuma umaiさんが、youtubeでこんな映像を編集してくれました。「2016 ロアッソ熊本全ゴールハイライト+2016お疲れ様おまけ
というわけで、この映像と自分たちのエントリーを手繰りながら、今シーズンを振り返ることにしようと思います。

開幕戦はJ1から降格してきた松本と対戦し、1-0の勝利。開幕戦での勝利は2年ぶり。「われわれにとっては”最大の補強”」と書いた、期限付き移籍延長となったエース清武が、同じく昨年は同僚であったGKシュミット・ダニエルの守るゴールをPKで打ち破ったというドラマチックな展開。そして 「凌ぎきった。この”粘り”は、『勝ちたい』という思いと同時に、新監督・清川監督に『勝たせたい』という思いが優った結果ではないのかと。」(開幕戦。松本を下す)と、清川監督の初陣での勝利を喜びました。

第2節アウェー徳島戦では、即戦力と期待したJ3福島から加入した齋藤が、途中出場からのCKからいきなりの決勝点。結果を残し、クラブ史上2度目のリーグ開幕2連勝を飾りました。

そして第3節V東京戦でも、清武のPKで勝利して、C大阪と並び遂に首位浮上。第4節は苦手・北九州に引き分け、3位に後退するも、続く第5節、長崎に2-0で勝利して”単独首位”に返り咲きます。清武、平繁という決めるべき人がきっちりと決めた完勝の試合。チームとしても、初めての”首位”の座でした。

ところが次節・清水戦でFW大前の2得点に沈み初黒星を喫すると、続く山口戦も、早々の失点から「なすすべもなく後手に回り」敗戦。5位に後退。そのときわれわれは、「上等です。長いシーズン、今日のように思うようにいかないゲームもある。」「まだまだリーグ戦は長い戦いです。」( 山口戦。連敗)と書いている。ちょっと苦戦が続くかも知れない予感に、自らを鼓舞するために書いたような思いもしますが、まさか、その直後に、あんな大惨事が起こるとは。それから降りかかってきた苛烈なほどの苦労を考えれば、ここで書いた「思うようにいかない」という表現は、今から思えばまだまだ”甘い”覚悟だったように思えてしまいます。

4月14日の前震は木曜日の夜。災害が局地的だっただけに、その週末の京都戦はまだ開催される予定でした。しかし16日の本震が起こり、京都戦が延期され、続くホーム横浜FCも無理だとの判断で延期が決定。「そして20日、クラブはJリーグの原博実副理事長の現地視察を受け、さらに監督・選手らを交えたミーティングの結果を踏まえて、今後の方針を発表しました。その内容は、続く4月29日の山形戦、5月3日の愛媛戦、7日の札幌戦まで追加3試合の延期であり、リーグ戦復帰は5月15日の第13節・アウェー千葉戦から、とするものでした。」(平成28年熊本地震
およそ一ヵ月のリーグ戦離脱。5試合という数のゲームのスキップを経て、アウェー千葉戦からリーグ戦復帰。ホーム戦はしかし、うまスタが使えないため、柏、神戸、鳥栖のホームをお借りすることになりました。全く”緊急避難”的な措置といえました。

5月12日付のエントリー「 リーグ復帰戦を前に。」では、復帰を前にして、日立台での”異例の”ホーム戦に関してこう書いています。「出来うるならば。日立台という彼方の地で。この日の『ホーム』スタジアムを他チームのサポーターにも協力いただいて、何とか埋め尽くすことはできないだろうか」「そのときのゴール裏は決して真っ赤ではなくて、黄色や青や緑や紫も混ざった万国旗のようなカラフルな色で。それが温かく、そして力強く、とてもありがたいもので、素晴らしく誇らしい姿なのではと思うわけで。」「被災地に県外から数千という支援の人々が入り、県外ナンバーの工事車両が行き来した。」「そんな彼らのとりどりのユニフォームが行き交う当地の景色に重なるようなゴール裏。そんな日本各地の人たちが『熊本!熊本!』と、シンプルなチャントを一緒に歌ってくれたなら。それはこの上ない応援のような気がするのです」。当時、県外からの膨大とも思えるありがたい支援人員の数と、他チームのサッカーファミリーの応援のイメージが重なった気がしたのでした。

「サッカー専門紙のエルゴラッソは、この日のために一面から『おかえり熊本』と題した特集を組みました。それに応えるように熊本ゴール裏には『ただいま Jリーグ』という横断幕が掲げられ。試合前のサポーターはインタビューで、『ようやく日常が戻ってきた』(スカパー!)と答えた。」(リスタート。ありがとう千葉戦
リーグ復帰戦となったアウェー千葉戦は、しかし、一ヵ月のブランク、わずか2週間の調整ではコンディションが間に合うはずもなく。前半こそ善戦したものの、後半は全く足が止まり、いいように千葉に崩されて2失点。敗戦となります。「79分、中盤でインターセプトした高柳からのカウンター。左サイドのスペースに絶妙のパス。好機。しかし清武がそのボールに追いつけない。既にその足は痙攣していました。」
試合後、「ゴール裏は『バモ!ロッソ男ならば、見せてくれ』とチャントを歌い続けた。それは、昨シーズンのあの最下位にもがいていた頃に、ただただ試合中ひとつだけ歌い続けたチャントでした。」
リーグ復帰の喜びもありましたが、悲壮感も漂う試合。そんな気持ちでサポーターが涙しました。

続く柏の日立台を借りた”ホームゲーム”水戸戦もまた、実に感動的なものになりました。「それは遠い関東にありながら、まぎれもないホームスタジアムでした。」「たくさんの人たちの手助けがあって、柏レイソルのホームスタジアム日立台での、”異例”で、それは“歴史的”でもある熊本ホームゲームが運営されました。」と書きました(日立台のホーム水戸戦)。
ただ、試合は0-1の敗戦。やはりコンディションの差はいかんともしがたく。後半に一気に勢いを失い失点を喫します。

「こういう地震が起きて、何というんですかね・・・再開後は自然と力が沸いてきて勝ち続けるとか、うまくいくんじゃないかと思っていたところもあるんです。」と、ある選手が言ったという(Jリーグサッカーキング1月号56ページ・文:井芹貴志)。しかし、今シーズン何度も引き合いに出しましたが、熊本を支援のために訪れたリオ・オリンピック日本代表監督の手倉森氏が言った言葉。東日本大震災の際、仙台を指揮していた経験が言わせる。「あのときはリーグ全体が中断した。しかし今回は彼ら(熊本)しか中断していない。彼らだけの試練。それはかなり苦しいこと」(RKK・ビバ!ロアッソ ラーディオ)という指摘は非常に重いものでした。前述のサッカーキングの某選手も、続ける。「でも、当然、『うまくいく』と思っているだけで、うまくいくわけがないし、そんなに甘いリーグじゃない。」町田戦、岡山戦・・・。チームはそれ以降も敗戦が続き、震災後のリーグ戦復帰後4連敗を喫します。

震災後の初勝利は6月まで待たなければなりませんでした。それは鳥栖のホーム・ベアスタをお借りした感動的な”ホーム戦”でした。「バックスタンドで赤い服をまとってくれていた鳥栖サポからは『友よ ようこそベアスタへ いつでも力になるばい』という横断幕が掲げられました。この温かさと絆は、鳥栖ならではです。そんな”ホーム”アドバンテージにも大いに助けられましたね。」(復帰後初勝利。金沢戦) 先輩、鳥栖をJ1に見送ったあの試合で掲示した横断幕。あの時からの友情関係があればこそのベアスタでのホームゲームでした。
開始1分の平繁の先制点を口火に、これまでの鬱憤を晴らすような、前半だけで5点という怒涛のゴールラッシュ。後半こそ息を吹き返した金沢に2点を返されますが、大勝で、ようやくようやく震災後に初めて勝利を納め、ホッとしたのでした。
圧巻のカウンターで5点目を決めた黒木への古巣のファンからの声援に、試合後のインタビューで色々な感情がこみ上げたのでしょう。声を詰まらせながら、「覚えていてくれてたのですね」と言った彼の涙が印象的でした。
この日の感動は、この記事がよくまとまっていて、そしてありがたいです。「サガン鳥栖とロアッソ熊本の友情。五年前からの縁はさらに強固に

その後、18節から20節、延期分の京都戦までの6月中の試合は2勝2分と、勝ち点を上積みして、リーグ戦復帰も軌道に乗ったかと思わせました。

7月3日、それはまぎれもなくJリーグが熊本に帰ってきた日でした。われわれのホーム”うまスタ”が、メインスタンドだけの開放という条件で、使用が再開されたのです。「対山口戦以来、実に85日ぶりの『うまスタ』でした。開門前にスタジアムに到着すると、パークドームまで続く長蛇の列。キックオフまでまだ2時間以上。これは…。熊本がJリーグに“昇格”した年、初めて迎えたホームゲームを思い出させて。皆がみんな、この日を待ちわびていたのです。」( C大阪戦。うまスタ復帰も大敗喫す
お互い無事でよかった。名前もよく知らないのに、再会を喜び合うサポーターの姿があちこちでありました。
試合は、開始早々セットプレーから薗田のヘッドで幸先良く先制。ホームのファン・サポーターを喜ばせたものの、その薗田の一発レッド退場という波乱の展開。結果的にC大阪に崩されて1-5の大敗を喫しました。
「結果は残念でしたが、ここに僕たちのチームが帰ってきました。熊本はようやくここに帰ってきました。サッカーが戻ってきました。復興への確かな一歩を進めました。」そう結んでいます。

延期した分の試合がミッドウィークに入ってきた7月。山形に1-4、清水に0-4と連敗。しかも大差という辛い敗戦が続きます。

うまスタ復帰後のホーム初勝利は7月20日のミッドウィークのナイトゲーム徳島戦でした。既に2巡目の対戦に入っていたリーグ戦。他のチームはリーグ戦のなかで課題修正を加え、チーム力の積み上げをそれぞれ図っている。「徳島は前回対戦とは別のチーム」と清川監督が警鐘を鳴らしますが、リーグ戦復帰間もないわがチームは、次々とやってくる試合日程をこなすなかでコンディション調整が第一義の状態でもありました。そんななかでの拮抗したゲーム、緊迫した展開。上原のシュートをゴール前の清武が角度を変えて押し込む。その1点を守って、遂に”真のホーム”うまスタで、初勝利を飾ります。どんなにこの日を待ちわびていたことでしょう。スタジアムに駆けつけたファン・サポーターを喜ばせます。

ただ、このあとはまた足踏み。金沢とはスコアレスドロー、ヴェルディ、長崎に連敗、水戸に追いつかれて引き分けます。この勝ちきれなかった時期をどうとらえるのか。苦しみながらもドローで掴み取った勝ち点1が、しかし、最後は”残留”のための勝ち点に積み重なったのだと、今思えば、そういわざるを得ないでしょう。

8月14日の千葉戦では3-0の快勝。しかし、翌週の北九州戦では再び大敗するなど不安定な戦い方が続きます。千葉戦で華麗に2得点したキャプテン岡本の試合後の「一喜一憂してはいけない」というコメント。われわれも同感でした。

8月のこの暑い時期。熊本は更にミッドウィークに、震災後スキップした札幌戦、愛媛戦を消化して、いずれも敗戦。さらに9月に入っても、天皇杯を挟み、最後の延期戦となる横浜FCを敗戦で消化します。
「切ないなあ…。」「試合後、ゴール裏に挨拶に来た選手たちに、『もっとやれよ!』と罵倒するような声が飛ぶ。しかし、今日の選手たちは間違いなく”戦っていた”じゃないか。今日は全員が。」( 最後の延期試合。横浜FCに惜敗) そう書いている。辛い時期でした。

延期試合を死にものぐるいで消化して他チームに追いついた熊本の順位は16位。降格圏との差が6しかないところまで落ちました。続く愛媛戦でも敗戦。ついに5連敗となって17位に沈む。最悪の状態でした。
リーグ復帰後の連敗が、震災後1ヵ月試合をしなかったことによるコンディション不足からとしたら、この時期の連敗は、まさしく延期試合の消化分がミッドウィークに入ってきたことによる(しかも夏場に)コンディション不良といえました。

ようやく他のチームと同じように1週間のサイクルで試合を迎えられるようになった熊本。しかし明らかに目標は”リーグ残留”に置き換えられました。この頃からキム・テヨンをアンカーに置いた4-1-4-1でしっかり守ることを念頭に、まずは失点をしないことを最優先にします。そこからの攻撃でした。

岡山戦、山形戦に引き分け勝ち点1ずつ積み上げ、10月に入ったアウェー山口戦では勝ち点3をもぎとります。この頃は、シーズン途中から加入した菅沼が得点を重ねてくれました。

続く群馬戦には引き分け、翌週のアウェー町田戦では敗戦。下位グループは混戦状態で、順位もひとつの勝敗で大きく上がったり下がったりしますが、熊本はなかなか降格圏からの差を広げられません。

10月23日、第37節の讃岐戦の引き分けで、勝ち点40に乗せた熊本。「スカパーのアナウンサーは、その大台への到達を持って熊本残留への確信のようなコメントをする。確かに降格制度が始まったこの4年。勝ち点40での降格はなかったものの…。」( ドロー讃岐戦で見えた決意。

この頃、清川監督ほかクラブ幹部は、この混戦の降格圏争い、今シーズンは勝ち点40だと難しい、45が必要だ。最後の最後までわからない。と思っていたといいます。ただ、どこなら勝てる、どこには負けていいという計算ではなく、純粋にそこまで勝ち点を積み上げることだけを目指したのだと・・・。(ビバ!ロアッソ ラーディオ

われわれもこの時期、一戦一戦戦っていくだけです。と書いていますが、「なんとか早く残留の資格を掴み取りたいものです。」とか、「これからは(これからも)1戦1戦、薄氷を踏む思いの戦いが続く。」とか、「あるときは全く”面白みのない”試合運びが試されるかも知れない。いや、もう面白いとか、面白くないとか言っている場合ではないでしょう。」とかいう表現が表すように、非常に焼きもきしていたことを思い起こします。なにしろ残り5試合、札幌、松本、京都、岐阜、C大阪という上位陣あるいは強豪、あるいは難敵との対戦を残していましたから。

そんな状況にあって、ホーム札幌戦での快勝で、勝ち点3を上積みできたことは実に大きかったですね。清武のPK、平繁の追加点と、取るべき人がきっちりと仕事した。守っても首位・札幌に対して堂々の完封。「暮れなずむスタジアム。被災地からの都合バス10台の招待客の前で、勝利で沸く試合後の『カモン!ロッソ』。ゴール裏で踊るのは、震災後初めてのことでした。今日のところはひとまずホッとしたい。」(札幌戦。首位喰い再び)と正直な気持ちを吐露しています。勝ち点に色がついているわけではないけれど、この勝ち点3はひと際輝いていました。

続く松本戦、京都戦には力負け。勝ち点の上積みはかなわず、まだ残留が決定づけられません。順位が下のチームについても毎節降格圏内の顔ぶれが入れ替わるような接戦状態。

緊張のなかで迎えたホーム最終戦・岐阜戦でした。鮮やかなパス回しで最後は清武が決めて熊本が前半のうちに先制すると、負けられない岐阜も猛反撃。しかし虎の子の1点を死守して勝利を納める。「勝ちました。勝って自力でのリーグ残留を決めました。ようやくホッとしました」「選手たちは笑顔でガッツポーズ。勝利を喜び合う。互いを称えあう。ここまで長かった。とうとうリーグ戦の残り2試合のこの日までかかってしまったが、”残留”という大仕事を自分たちの手で成し遂げてくれた。」(ホーム最終岐阜戦。勝って残留決める
    
最終節のC大阪戦には勝てませんでしたが、ホーム最終戦後のセレモニーで池谷社長が言ったように、今シーズンの”残留”という収穫は「すごく価値があること」とわれわれも思います。震災後に置かれたチーム状況、試合スケジュールを鑑みれば、選手たちはPO進出あるいはそれ以上に、評価されるべきかも知れない。

ホーム最終岐阜戦。勝って残留決める」のなかに書いた「今回のケースは大いに反省、研究の対象になるのではないでしょうか。」という、Jリーグに対するわれわれの苦言に関しては、ご批判も反対意見もありました。確かに「「Jリーグサッカーキング1月号」でわかるように、原副理事長を先頭に、リーグが震災後素早く支援に動いてくれたことはありがたいことでした。

が、われわれの真意と同じことを池谷社長がインタビューで述べています。(ビバ!ロアッソ ラーディオ

いわく、「降格、昇格があるリーグのなかで、平等ではないゲームが続いて。5試合で済んだけれど、これが7試合、8試合だったら多分尋常じゃないリーグ戦になっていた。それで(成績で)『降格です』と言われたら”二重罰”のような話になっていく。震災はどこでも起こりうる。”残留”したからこそ、”うち”が提言してあげなくてはいけない。Jリーグの危機管理は十分ではない。次に繋がるように議論すべき」(意訳)というものでした。

あのエントリーで書いた前田さんから聞いた「リーグ(一時)脱会」という案も、「降格」という、経営面においても、あるいはクラブ存続においてさえも影響しかねない状況を避けるため、ギリギリに追い込まれた末の発案だったのでしょうし。

ふーぅ。簡潔に書く技量がないものですから、随分長文になってしまいました。しかし、今シーズンは、どの試合も忘れがたく。書きたいことはもっともっとたくさんあって・・・。
この1年の出来事は、ひとつの小説にでもなりそうなほどドラマがあったシーズンでしたね。われわれにとっても、いやクラブにとっても、ファン、サポーターにとっても、絶対忘れられないシーズンになった。そのことは間違いないでしょう。

前述の「2016 ロアッソ熊本全ゴールハイライト+2016お疲れ様おまけ」の映像では、終盤の札幌戦から泣かされます。まだの方は、どうぞ一緒に泣いてください(笑)。

そして、これまで繰り返し書いてきましたが、ここでも忘れずに書いておかなければならないのは、柏や神戸、鳥栖といったホームスタジアムを貸していただいた、それだけでなく運営に関しても多大なるご支援をいただいたクラブの皆様、サポーターの皆様、ボランティアの皆様。応援や、ご支援をいただいた全国の他のクラブ、そのサポーターの皆様。本当にありがとうございました。

さて、クラブからは選手の人事がリリースされている真っ最中ですが、その件に関しては、また改めて書けたらいいなと思っています。