2009.01.25 09年の船出
新体制が発表されました。その内容を読み解いていくと、なかなかに深い、感じ入るものがありました。中長期的な展望のなかで、チームが目指している今年のコンセプトが明確にされたのではないでしょうか。

3人と予想されていたJチームからの移籍補強は、先日報道された藤田選手を含め、元甲府の宇留野、元京都の石井という顔ぶれ。なんというか…。チームの置かれた現状のなかで、地道な、そして夢も与えてくれる合格点の補強だと思います。

宇留野純。既に様々な報道やあちこちのブログで、その選手としての経歴や大病を越えた逸話なども紹介されていますが、われわれロートルファンとしては、“青の時代”に対戦したHondaのときから「いい選手だ」という確信めいたものを持っていました。それは当時とすれば、単に羨望でしかなかったのですが…。当然、甲府に“ひとり昇格”してからも気になる選手だったわけで、このタイミングでこの“カード”をきっちり引いてくるとは。池谷GMの好み=やりたいサッカーが垣間見えるようですね。新体制発表の会見で「抜けたエース高橋の付けていた11番を受け継ぐ気持ちは?」という少々的外れな記者の質問に、「あまり気負わず、自分の番号と言われるようにしたい」と大人の受け答えで返した宇留野。甲府の時代も確かに同じエースナンバーでしたが、決して「点取り屋・ゴールゲッター」というタイプのエースではなく、昔でいうならウイングタイプ。前線をサイドいっぱい活動エリアとする運動量の多い選手ですね。ちなみに以前も紹介したわれわれの好きなライター後藤勝氏が彼について書いたものを見つけましたので、(ちょっと古いんですが)貼っておきます。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/jtoto/column/200703/at00012476.html

石井俊也選手については、少し意外でもありました。われわれも大方の意見と同じく補強ポイントはSBだという認識だったので…。しかし、考えてみればSBというポジション。現代サッカーの重要なポジションであり、今、日本中で求められている競争の激しい“市場”です。いまや市村がJ2屈指の右SBに成長したように、しばらくは自前での育成を心がけるしかないのかも。そういう意味では、CBを含めた中央の層を厚くして、矢野や福王やその他の選手のサイドへのポリバレント性を高めていくということでしょうか。もちろん石井そのものが即戦力であり、大阪や甲府など強敵の攻撃力を押さえ、削いでいく仕事を大いに期待されての獲得であることは間違いないでしょう。実力は十分です。

新卒の選手ではFWの井畑とMFの西、高卒ですが大迫希などには、今期中にもスタメンを張ってほしい。見てみたいですね。もちろん在籍の選手たちにもより一層のレベルアップが求められるのですが、特にガンバから完全移籍になった中山、松岡の両選手のブレイクに期待しています。昨年までの戦力がさらにもう一段レベルアップし、これに藤田を含めた新戦力が絡んでくれば、間違いなく北野監督が描いている「面白いサッカー」に近づいていくような気がします。

51試合の長丁場。いろいろなシステムが試されることになるでしょう。また90分のなかでも、臨機応変のベンチワーク、ポジションチェンジが見られることになると思います。固定観念を捨て、さらに各選手にはポリバレント性が求められるのでしょう。この陣容なら小森田のワントップ、「熊本版ゼロトップ」なんてものもオプションとしてはあるのかも…といった妄想までしてしまいます。

今年は、開始早々からボールを使った練習が織り込まれています。居残り練習では、コーチになった上村がDF陣を集めて、奪ったボールをいかに中盤の選手がもらい易いように出すかを、細かく(そして熱く)手ほどきする姿が見られました。元日本代表の“技術”が伝授されています。ロングボールによるカウンターからの得点を否定はしませんが、昨年の得点シーンはあまりにもその比重が高かった。縦に急ぐあまり、単調になり読まれてしまう場面も多かった。その反省がすでにスタートしています。その受け手の先にはあの藤田がいて、熊本が誇る運動量の多い中盤陣がいて…。

一日でも早く見てみたい今年のロアッソのサッカーですが、おそらく補強はこれで終わったわけではないとも思っています。通常の移籍“市場”が閉まった後、コストパフォーマンスよろしくお眼鏡にかなった選手を“相対取引”で獲得するのが、これまで池谷GMが示した手腕でした。加えて、昨年、他チームが見せた「リーグ中盤でのポイント補強」に関しても、何がしかの強化予算を残しているのではないかと…。なにしろ世界一厳しい長丁場のリーグですから。

最後に余談ですが、わがクラブで今期契約満了となった選手たち。小林陽介が松本、関がNW北九州と発表されていますが、その他にも長野やソニー仙台、ホンダロックなどへ移籍する選手もいるようで…。側聞に過ぎませんが、チームは“補強”と同時進行で、契約満了選手の次の行き先へできるかぎりの対応をしようと手を尽くしているそうです。目には見えません。また、これについてはいろんな考え方もあるでしょう。しかし、そういう、クラブとしての“信念”は、間違いなく、いつか必ず何らかの形で自らに返ってくるのではないかと。うまく表現できませんが、そんな気がしてならないのです。

寝ぼけまなこで新聞を取りに行ったら、「藤田、ロアッソ入り」の大見出し。確かに噂はあったのですが、“あの”藤田俊哉が本当に熊本に来る。いっぺんで目が覚めましたが、何だか逆にまだ夢を見ているような感じもして・・・。

ちょっと前のサッカー・マガジン(2008年11月11日号)に、引退した名波浩のインタビューが掲載されていました。何気なく読んでいたそのなかで、聞き手の増島みどりに自身のキャリアの中での“ベストマッチ”は、と問われて彼が答えたのが、「2001年4月7日の対鹿島戦(国立)」でした。実はこの試合、その翌日に行われるアルエット熊本のJFL初アウェー戦、対静岡産業大学戦を応援するためわれわれも上京しており、そのついでに(まったく偶然にも)国立で観戦していたことを思い出し、思わず引き込まれるように読んでしまいました。

増島みどりはこう書いています。
「ボランチに服部年宏、福西崇史。攻撃的MFに藤田俊哉、奥大介。この4人がボックス型となって相手の中盤をターゲットにボールを奪う。何とも豪華な顔ぶれによる箱の中にはレフティー(名波浩)が仕込まれている。攻守その両方において、ボックスと中央の名波が連動する。創造性に満ちあふれた“おもちゃ箱”は、別名“N-BOX”」。

『サッカーをずっとやってきて、あれほど連動性を感じた試合はなかった』『鹿島と戦っていながら、レアルに勝つには、とみんなが思って走り回っているのがよく分かる。異次元とでもいうか、今やるのは絶対に無理だろうなと思う』。名波自身は、当時の様子をそう語っていっています。

トップ下の真ん中にテクニックのある“司令塔”が陣取り、試合のタクトを振るのが主流だった当時、この日観た磐田の中盤は鮮烈でした。名波ひとりに依存しない激しいポジションチェンジ。運動量とパス回しで切り裂く、あるいは攻守の切り替えスピードも早い。ハードワークを厭わない“ボックス型の中盤”という現代サッカーの原型が、すでにこのとき磐田に存在していたと言えるのではないでしょうか。

奥は2007シーズン終了後に引退。名波も2008シーズン限りで退き、磐田で指導者を目指す決意のようです。こんな中盤が存在したこと自体が伝説に近いものですね。そしてそのN-BOXの一角を占めたあの藤田俊哉が“われわれのチーム”の一員になるのです。

年齢からいえば、51試合はもちろん、おそらく90分フル出場も厳しいというのが客観情勢なのかも知れません。試合の流れのなかで、攻撃的オプションとしての起用になるのでしょうか。しかし、彼の加入は間違いなくロアッソのサッカーを次のステップに導いてくれることと思います。若いアグレッシブな中盤に、さらに攻撃的な、戦術的な深みを加えることになるでしょう。それは北野新監督が今期の目標として掲げている“残り4分の1の崩し”という課題に対し、最適の補強のひとつと考えられるのではないでしょうか。

J1のトップチームでの長年の実戦経験はもちろん、日本代表として、あるいは海外でも修羅場をくぐったその経験値は、若返った“赤い戦士たち”に対して貴重なコーチングを与えてくれることと思います。とくにMF陣においては“化学反応”ともいえるような技術的、精神的な影響、変化を期待したいと思います。

先の2001年のシーズン。1stステージは磐田、2ndステージは鹿島が優勝しました。まさにJリーグ最高峰の対戦と、JFL初陣のわがホームチームの試合を間近に観た日。それが10年近い年月を経て、こんなかたちで結びつくとは。なんというめぐり合わせかと・・・。

そもそも神城文化の森・藤田社長が、自分と同姓の選手獲得にこだわって…、という逸話でかなり有名になってしまいました。しかし、そんな冗談のような話から始まったとはいえ、この“運と縁”、大切にしたい。

自身のブログでも、既にコーチライセンスの取得を目指し勉強を始めた様子が伺える藤田。妻子を置いて単身赴任を続けてまでも、プロとして“現役”にこだわる姿勢と、競技経験者として“Jチーム監督”を目指す夢が混在しているのでしょうか。4年後を目指す熊本のJ1昇格。そのときの指揮官がもし藤田だとしたら…。ヤマハスタジアムで監督名波が率いる磐田との対戦というとんでもない“めぐりあわせ”もあるかも知れない。そんな夢さえも抱かせてくれる大きな移籍です。

頑張った人にはご褒美がある。A代表の公式戦、アジアカップの初戦イエメン戦が、熊本で開催されることが発表されたときのエントリーで、そんな風に書きました。これは、これまでの県協会や関係者の積み重ねてきた努力に対し、「熊本にA代表戦を開催する“資格”がある、運営する“力”があると認められたということではないかと。」

先日、とある新年会で県協会の北岡専務理事とお話をする機会がありました。「チケット完売おめでとうございます」と話しかけると、すでに気持ちは運営のほうに飛んでいる様子で、「今回のシャトルバスやパーク・アンド・バスライドの前売りの試みは、熊本のスポーツイベントでもこういった有料のパブリック・アクセスの実績、土壌を作ろうということを狙っている。KKウィングをフルに活用するためにも必要なことなんだ。」というようなことを力説しておられました。結果、アクセス券の前売りは完売し。当日も大きな渋滞や混乱はなく、このもうひとつの仕掛けは大成功を収めたと言えるでしょう。本当にお疲れ様でした。

観客の流れとともに光の森駅やグランメッセから徐々に始まったシャトルバス輸送。開門を待つ各ゲートは既に長蛇の列。ゲートをくぐるとコンコースのグッズ売店はもちろん、飲食ブースも“代表”仕様。日頃お目にかかれないようなメニューの数々。なかにはプロパンガスを使った鍋料理も・・・。たまたまお会いした前AC社長の前田さんに、「協会主催だから、火気も許可なんですかね」とお尋ねしたら、ある一定の条件を満たせば県も使用許可を出すことになったとのこと。その経緯では、ロアッソの2万人越えの実績もいい方に影響したらしい。今後のリーグ戦でも、実現していくかも知れません。

久しぶりにお会いした前田さんは実に饒舌で、こちらは押されっぱなし。「今日は3万人は入る。こけら落としの国体のときに次ぐ動員数だろう」と興奮ぎみにおっしゃって・・・。きっと、ご自分が県職員のときに携わったこのKKウィング建設に思いを馳せて、感慨深いものがおありだったのでしょう。

夕闇が迫るKKウィングのスタンドが、じわじわと埋まっていきます。チケットは完売しているだけに、間違いなく今日は満杯になる見通し。来場者の客層もいつもとは違う感じ。いつもと違う広告ボード。いつもと違う横断幕。ところどころに見える日の丸の赤。KKウィング自体がハレの舞台を前に、少し誇らしげな、でもどこか緊張している面持ち。その雰囲気がようやく解けたのは、選手紹介が大型スクリーンに映し出され、ゴール裏から「ニッポン」コールが沸きだしたとき。一番最後に巻が紹介されると、場内からより一層の歓声が沸いて・・・。
この冬枯れの季節でも緑美しいKK自慢のフィールドに選手が入場。そのとき一斉に掲げられたボードで、スタジアム中が“真っ青”に染まりました。

試合内容は・・・。とにかく時間が経つのが早く感じました。田中の動き出し、スピードだけでもこの目で観られてよかった。巻のファーストタッチのヘッド。あれが決まっていたらドラマそのものでしたが・・・。

昨日の3万人の来場者が全て県内からとは言えませんが、熊本のサッカーファンのポテンシャルを十分感じることができました。なかには青い代表シャツにロアッソのマフラーで“存在証明”している人達も見かけました。今回のこの代表戦の実績は、県協会としても得るものが相当大きかったに違いないでしょう。そして、当然ですがこの潜在顧客を少しでもわがホームチームに取り込めることができるのか。それはもちろん、昨日一日で答えがでる話ではないのかも知れません。

1月20日(火) AFCアジアカップ2011カタール 予選Aグループ第1戦
日本代表 2 - 1 イエメン代表 (19:20/熊本/30,654人)
得点者:7' 岡崎慎司(日本代表)、47' ザヘル・ファリド(イエメン代表)、66' 田中達也(日本代表)


2009.01.13 祝辞
チーム発足当初からのスタッフ。古くからの“戦友”。AC熊本の首藤マネージャーの結婚披露宴に呼ばれて行ってきました。200名を越える盛大な披露宴でした。

祝辞に立った池谷GMの話のなかで、首藤くんのなかにもこの4年間、様々な葛藤があったことが披露されましたが、「JFL一年目の終盤、KKウィングでのひどい負け試合でへこんでいる私を送ってくれる車のなかで、『もう、終わりだね~(※オフコースの「さよなら」)』という曲を選曲して慰めてくれた“センス”には困ってしまいました』という逸話には場内大爆笑。思い出すのも辛いあの頃。今でこそ「笑い話」ですが。

席次表を見るとチームスタッフはほぼ全員、現役選手は熊本出身者プラスアルファという感じのメンバー。山口選手は、暮れの巻スクールにも顔を出していましたが、年明けには彼の披露宴にも出席したそうで。大津高の交流が今でもこんなふうに強く続いているのを知ると嬉しい限りです。

昨年は副務という肩書きで現場に出ていた首藤くん。今は強化部門で契約実務などGMを直接サポートする重要な役割。佳境の移籍市場での“戦い”のなかで、夜遅くまで頑張っているそうです。もちろん肝心の“補強の中身”については教えてくれませんでしたが、やりがいを感じている姿がヒシヒシと感じられました。

AC熊本のなかでも、「県民運動」の準備段階からを知る貴重な存在(というより最古参)になってしまった彼。まだロッソという名前どころか、監督も決まっていない頃からのスタッフ。まったく何もない、文字通り“ゼロ”からの船出でしたね。それが、“ロアッソ”というホームチームづくりを通して、多くの人を結びつけ、今日、こうしてたくさんの人が祝福に駆けつけた。われわれにとっても感慨深いものでありました。

休日もない激務に対する慰労にと「落ち着いたら焼肉でもご馳走するよ」という約束も、駆け足で過ぎ去ったこの4年のなか、まだ果たせぬままになっていましたね。いつか今度は夫婦お二人で。

末永くお幸せに。そして、いつまでも戦友でいてください。おめでとう。


最初聞いたときには、正直耳を疑いました。今、われわれはガックリきています。多くの客観情勢からして、残留濃厚と思っていただけに…。

チーム発足から4年。年末のエントリーで“永遠に続くものは何もない”と書きました。監督交代、ベテラン選手の引退などを含めて、いよいよ”草創期の終わり“という感慨を強くしていましたが、最後に来たのがエース・ストライカーの移籍という強烈な一発。われわれは「高橋のチーム」という表現もしていました。J昇格前後から一年目のシーズンまで。これまで戦ってこれたチームの最大の功労者だと思っています。それだけにその失望は言い様のないくらい大きいものです。

以前のエントリー「財産は残ったのか②」で書いた選手評は、当然来期も一緒に戦えるだろうということを前提にしていたのですが、その後、数人が居なくなり。そして今、J元年の熊本を象徴した、いやそれ以前にわれわれにJ昇格を与えてくれた、チームの柱ともいうべき選手をこんな形で奪われることになりました。しかも、よりによって直近のライバル(相手はそう思ってないでしょうが)福岡に…。

これまでの熊本の歴史のなかで、チームを去った選手たちは皆、契約満了なり引退なりだったなかで、選手の方から“ふられた”のは、今回初めて経験することではないでしょうか。もちろん、これがわれわれの踏み込んだプロの世界であり、Jリーグなのだということをしみじみと実感させる現実的な出来事です。チームも選手も、自らの生き残りをかけて移籍市場を戦っていることを改めて思い知らされます。

加えて言えば、チームの柱となるような結果を残した選手は格好のターゲットになって強奪され続けるというのが、いわばJ2の下位に位置する小規模チームの“恒例行事”ともいわれます。いつか、その“悲哀”、“宿命”から抜け出すことが、上位進出、J1昇格の条件ということでしょうか。

数々の歓喜を与えてくれた彼が、“明日は相手チームのストライカー”なんですね・・・。

しかし、高橋本人からすれば、考えに考えた末での結論なのでしょう。彼自身が上を(決して年俸だけでなく)目指していくうえで、年齢的なことも考えれば、選択肢はそう多くはなかったのではないかと…。


さて、まだまだ呆然とした気持ちのなかですが、この熾烈を極める移籍市場での戦いはまさに佳境。れわれファンもいつまでも喪失感に囚われているわけにはいかないのかも知れません。

強化部門は、代わりうるFW獲得が当面の優先課題になりました。専任となった池谷GMの初仕事としては、エースの慰留失敗という大きな“失策”になってしまいました。が、しかし、(負け惜しみと言われそうですが)チームは、遅かれ早かれ高橋一人への得点依存度から脱却する必要もあったわけで…。思わぬ事態でその転機が急に訪れたということでしょう。チームの次のステップへの重要な基本戦略として、これまた腰を据えて取組んでもらいたいと思います。もっと正直に言えば、あまりに多くの変化が一度に来ることで、チームが基軸を見失い“迷走”し始めるということを最も恐れています。

それにしても来期、福岡との“新九州ダービー”。異様な盛り上がりを見せることは間違いなさそうです。新たな「因縁」の始まりですね。
2009.01.05 大津惜敗
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

高校選手権。大津高は、準々決勝で鹿島学園に敗れ、悲願のベスト4ならず。しかし、攻撃的サッカーの快進撃は、観るものを非常に楽しませてくれました。
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