4月23日(土) 2011 J2リーグ戦 第8節
熊本 2 - 1 岐阜 (13:05/熊本/5,381人)
得点者:9' 長沢駿(熊本)、16' 仲間隼斗(熊本)、65' 川島眞也(岐阜)

夕べからの雨はようやく上がったものの、曇り空の下、時折り強い風が吹き、肌寒いわれらのホームKKウィング。リーグ再開を待ちわびたスタジアムのゴール裏の横断幕も、風に煽られていました。「がんばろう日本 被災地に俺達 熊本の力を届けよう!」。いつもの赤い横断幕群の中に異彩を放つその鮮やかな青い色を見るだけで、“これまで”との違いを感じざるを得ませんでした。

DJコバの音頭で、両チーム・ゴール裏のリードによる「ニッポン!」コールがスタジアムに響きます。そして両チームイレブンがセンターサークルを囲み、会場全員での黙祷。「映像」でしか知らないけれども、はるか遠くではあるけれども、同じ日本の地で失われたものの大きさを想うと、ロートルの目頭はすでに熱くなりました。

どのチームも初めて体験する長い長い中断時期ではなかったでしょうか。再開の日程が決まり、もう一度モチベーションとコンディションを作りなおす作業だったのでしょう。その間に敷いたトレーニングマッチの結果も内容も、熊本にとってはあまりかんばしくなく…。再開幕の喜びものなかに、一抹の不安を抱えた「リ・スタート」。それがわれわれを含めた多くのファンの正直な気持ちだったのではないでしょうか。

そういった“硬さ”は当然、向こうにもあって。岐阜の立ち上がりは見た目にもぎこちないものでした。逆に熊本はトレーニングマッチでのもやもやを一気にぶつけるように全開でそこを突いていく。その先陣を切る2トップは、長身の長沢、そしてこの日、初先発で起用された仲間でした。

熊 本
9長沢30仲間
 27ファビオ 
7片山23根占
 8原田 
24筑城15市村
6福王4廣井
 18南 

岐 阜
18佐藤 16西川
11染谷14嶋田
15永芳23橋本
6秋田2野田
17野垣内4田中
 1野田 

仲間が持ち前の運動量とスピードで果敢に前線でボールに喰らいつく。岐阜のGK野田へのバックパスにチェイシングすると、野田のクリアキックはファビオの元へ。ファビオがダイレクトでDF裏に送ると、走りこんだ長沢が胸トラップ一発、一直線にゴールへ向う。あとを追う岐阜DFを払って、GKの動きも見透かして撃つ余裕がありました。ゴール右角に流し込んで、熊本が早々と先制。

「勝負どころはセカンドボール。そして切り替え。」試合前に高木監督が指摘していたポイントが生きた場面は2点目にありました。アタッキングサードでの波状攻撃。こぼれ球を次々に拾ってエリア内に入り込む熊本。2列目、3列目が追い越す動きに岐阜DFが切り裂かれる。右サイド奥で競り合った原田、もう一度拾いなおして左足からクロスを放つ。カーブの掛かったボールは、ゴール前の長沢の頭にピンポイント。高い打点の強烈なヘッド、GK野田はなんとか手に当てるのが精いっぱい、こぼれ球を右から詰めて押し込んだのは仲間。早々に追加点。

それは目を見張るような流動的な攻撃でした。前線からのチェイシングにより要所で奪うボール。敵のプレスをあざ笑うかのように交わしながら進めるダイレクトパス。前へ、前へ。ゴール前の空中戦では無類の強さを誇る長沢。しかし実は足元も軟らかく上手い。原田がエリアに入れるボールに飛び込むと、図ったようにマイナスパス。仲間のボレーシュートは惜しくもポストに跳ね返されました。

2点を奪われた岐阜もようやく目を覚ましてくる。このあたりから岐阜のCKが増えてくる。中央で得たFK。永芳が放った左足のキックに一歩も動けず見送る南。これはバーに弾かれ事なきを得ますが、思わず「感謝」の気持を示すようにポンポンとポストを叩く南の姿がありました。思えば、この前後のセットプレーの場面、競り勝てない南の姿がありました。後日、自身のブログで反省の弁を述べているように本調子とはほど遠かったのでしょう。後半、それが露呈してしまいます。

試合後のインタビューで敵将・木村監督がハッキリと明かしていますが、岐阜は後半、攻守の要だったボランチの永芳を捨て、川島を投入。これをファビオ対策に当ててきました。まるで陰のようにファビオに張り付く川島に、ファビオの自由が奪われていきます。一方のボランチの橋本は攻撃に上がり始める。それと同時に熊本のDFラインは押し下げられ、中盤の距離感が見るからに開いていきました。

次々と訪れるCKのピンチ。後半20分、この試合、都合8本目の岐阜のCKでした。染谷の放ったカーブするボールは、パンチングに備えた南の直前で飛び込んだ川島に頭に一瞬早く当たる。熊本のゴールに突き刺さりました。

熊本は、途中交代で入った武富の仕掛けから片山がクロス。ファーに走り込んだ根占が撃ちますが角度がない。ファビオのミドルがゴール左角をかすめるが追加点ならず。残り10分になってパワープレイの様相を呈する岐阜に対して、矢野をDFラインに加えてはっきりと逃げ切りの意思表示を示した指揮官。ロングボールの放り込みにも耐え続け、勝ち点3をもぎ取ることに成功しました。

前半、後半、攻守のはっきりした試合だったと高木監督は試合後のインタビューで答えました。岐阜が試合時間のなかで修正され、ジワリジワリと攻勢を強める展開には、若いチームながらもその底力を感じさせられました。そして熊本は昨年、こういった展開で何度逃げ切れず、惜しい勝ち点を逃してきたことか。指揮官は残り10分まで追加点を諦めず、最後の最後は、なりふり構わず1点差を死守することを選び、選手達は泥臭いまでの闘争心でそれに応えた。そんな試合でした。

長沢、仲間というニューフェイスの、胸のすくような活躍はあったものの、どこか満たされない感じ。満面の笑みは浮かべられないのは、試合の内容に関しての思いだけだったのでしょうか。再開は叶ったものの、こうしてサッカーのある日常が帰ってきたものの、あのゴール裏にはためいていた横断幕の残像が以前通りの“日常”ではないこともまた教えてくれているような気がして。

そんな複雑な心境で家路につくわれわれに、最大の被災地だった仙台が、川崎に逆転勝ちを収めたニュースが飛び込んで。そんなドラマに涙する仙台サポーターの写真の数々にも、共感で胸が締め付けられそうだったのですが、同時にYoutubeで見たこの動画「【川崎フロンターレ】2011年4月23日 煽りV」。
当日試合前の川崎のメッセージビデオには、こみ上げてくるものを止めることができませんでした。被災地を想う気持ち、表現の方法は一緒だけど、この最後のフレーズに。

等々力の桜は散ってしまったけれど
スタジアムで咲かせよう
満開のプレー
満開の笑顔
愛する僕らのJリーグ
愛するクラブと共に
2011.4.23
親愛なる仙台に敬意を表し
川崎フロンターレは全力で勝点3を掴み取ります


これをあくまで「煽り」と題するインテリジェンスと心意気。相手チームに「敬意を表し」「全力で勝点3を」取りに行く。サッカーファンで良かった。今回の震災は、そういったことをまた改めて想わせてくれます。

さて、われわれはまだそんな先輩たちの大きさには遠く及びません。しかし、この状況のなかでも、選手、チームはそれぞれの役割を“全力”で果たそうと戦っています。それはだけははっきりと伝わってくるものがありました。今日(25日)の熊日夕刊、池谷GMの連載。昨年の昇格ラインの勝ち点69と熊本の勝ち点54を比べ、明確に目標を掲げています。おそらくは日本のサッカーの歴史にも残るであろうこの2011シーズン。熊本の挑戦もまた再開しました。

先週末は、水前寺での福岡とのテストマッチを観に行ってきました。「九州だJ!」東日本大震災被災地支援活動として行われた練習試合です。スタンドはメイン側だけ開放され、“青い”サポーターとも隣同士で座り、45分×4本、合計2試合分もの“サッカー三昧”。天気にも恵まれ、初夏の陽気の土曜日の午後。こんないい意味での“まったり感”も久しぶり。ほんの少しだけ、サッカーが日常に帰ってきた感じがしました。被災地支援活動のTMの際には、少額で申し訳ないと思いつつも、毎回いくばくかの義援金に協力させていただいていますが、その瞬間はやはり、今なお続く被災地の困難を想い、非日常を感じざるを得ません。そしてこの日は、募金箱を持って立つ加藤選手の“意志のある”眼差しの前に、思わず立ち止まって声を掛けました。

さて、試合の方は、決定機を外しまくる、あるいはアタッキングサードで連係にミスが出る熊本に対して、数少ないチャンスをしっかりモノにしてみせた福岡の辛勝というところでしょうか。福岡の出来も厳しいJ1リーグでの戦いを思えば心配されますが、わが熊本もまだまだ発展途上というところ。特に「守備からリズムを作って」行こうとする熊本のスタイルに対し、福岡がそこに狙いを定めて寸断していたような印象でした。収穫だったのは、3本目以降に入った選手たちのうち、吉井や新加入の田中、片山朗、ボランチに上がったときの加藤、果てはユースの選手らしいCBに入った5番の選手など、公式試合にいつ絡んでもおかしくないパフォーマンスを見せてくれたことでしょうか。この予期せぬ長い中断期間は、故障者や控えの選手層にとっては、与えられた好機とも言えるかも知れません。


いささか旧聞過ぎますが、3月末には日本代表とJリーグ選抜のチャリティマッチが行われ、カズのゴールがドラマに花を添えました。この劇的なシーンを前にして、かの有名な日曜日午前のワイドショーで、プロ野球・名球会にも名を連ねる某解説者が「八百長疑惑」の発言をしたといいます。カズのあのゴールまでに至る局面、あのプレイシーンを持って「ヤラセ」と疑うことすらサッカーというスポーツに関し無知すぎるにも程がありますが、「八百長」という言葉を匂わせることで、自らが身を粉にして人生を費やしたであろう日本プロ野球という世界の“価値観”自体を、「語るに落ちた」情けないものに感じさせてしまいます。リーグ開幕の時期に関して文科省や世論とのはざ間ですったもんだした球界に身を置く者のストレスが根底にあったのかと深読みもできますが、公共の電波に載せるには、あまりにもお粗末なコメント。多くの野球人(特に選手たちに関しては)が、この時期、スポーツマンとしての立場から、この大惨事に際して自分達が何をすべきかに思いを巡らし、活動していることからすれば、こんなことで野球界全体を責める気にはなりませんが…。

4月2日付の熊日・夕刊に書かれたスポーツライター・玉木正之氏の「スポーツの意義~震災が問う存在の形態」に興味深い一節がありました。

「欧州のサッカーやJリーグ、米国のメジャーやマイナーリーグの野球のように、チーム(クラブ)がホームタウンやフランチャイズ都市と強いつながりを持つスポーツは、地域社会の『日常生活』を離れてスポーツが存在することなど考えられない。」 
「従って天災などで地域社会がダメージを受けると、クラブやリーグは地域社会と同様、まずはスポーツ活動より地域社会の日常生活を取り戻す活動に取り組むことになる。そして地域社会の復興と足並みをそろえ、ある時点で住民と喜びを共にするなかで、スポーツ復興の日を迎えることになる。あるいは日常生活が少々不自由でも、地域社会の支援と要望で、スポーツが一足先に復活することもあるだろう。」
「しかし地域社会よりも親会社との関係が強い日本のプロ野球は『企業スポーツ』の色合いが濃い。セ・リーグが開幕日に苦慮したのも『日常』が確立しないと『非日常』が成立しないというスポーツの本質と、一日も早く利益をあげたい『企業スポーツ』の論理とのはざまで悩んだ結果といえる。」

まさしく「興行」と「地域主義」との差異。「非日常」と「ホームチームの試合がある日常」という文化の違いではないかと思いました。そして、そんなことをこの大震災によって痛感させられるとは想いもよりませんでした。


われわれのリーグは今月の23日に再開が決定し、熊本はKKウィングにFC岐阜を迎えることになりました。3月6日の開幕戦からすれば、実に1ヵ月以上、7週間ぶりの公式戦。開幕戦に照準を合わせてきた全ての準備も一度チャラに戻さなければならなかっただろうし、再開の見えない中断期には、モチベーションを維持することさえ難しい話しだったでしょう。わがチームだけでなく、誰もがこんな状況は全く初めての経験です。4月23日に改めて照準を合わせなおし、モチベーションとコンディションを作り直す作業。これはもう“再・開幕戦”とも言うべきものでしょう。

しかし、この仕切り直しもクラブやわれわれファンにとって、決して意味のないものではありません。被災地を想えば、震災前と同じ状況では決してないにしても、未曾有の災害からほんの少しづつですが「日常」を手に入れつつある。そこにJリーグが再開されることで、また、ひとつの「日常」が帰ってくる。サッカーファンならずとも、こうやってこの世の中に、“勇気”と“平穏”が戻ってくればいいなと思いました。