2011.12.31 年末ご挨拶
例年になく早めに、この原稿に取り掛かったのですが、筆(キーボード)がなかなか進まないのが正直なところでした。

前のエントリーにも書いたように、今年を振り返るとすればどうしても東日本大震災に触れざるをえない。昨年末、「公私ともに、昨年にも増して激動の1年でした」と書いたものの、実は互いに入院・手術などを経験し、大げさでも何でもなく「生と死」を考えるようになりました。そんなわれわれに芽生えた新たな人生観に、追い討ちを掛けるように起こった未曾有の大惨事。テレビ画面越しに目の前で失われていく”人の命”。当事者でなくとも湧いてくる喪失感。そんな、あのころのおぞましい気持ちを思い出したくないという拒否反応が、筆を重くしていたのかも知れません。

これまでずっと“昇って”きたこのチーム。そして共に歩んできたわれわれファン。しかしJリーグ4年目の今年は、一息ついて。壁にぶち当たって・・・。あらためてファンであることの意味を一人ひとりが考えさせられたシーズンではなかっでしょうか。われわれもいつも以上に息も絶え絶えな感じで更新してきた感のある試合ごとの「雑感」。この「サカくま」もそろそろ店じまいをする潮時か。などとも考えました。

ただ、最終節で見せられた先輩・鳥栖のJ1昇格のシーンの感動は、なにごとにも代えがたく。われわれにも“昇格”という夢を追いかける強い意思を与えた。そして選手会が主催したクリスマスのチャリティーマッチ。熊本からただひとり参加した仲間がやってくれた”大仕事”。あの豪華メンバーのなかでは、当然名前負けしていましたが、それに臆せず、新しい若い才能が熊本に居るということを日本中に示してくれた。松井から絶妙のパスを受けた仲間の豪快なシュート。妙な表現ですが、それも震災が結んでくれた“縁”。この震災に対して、サッカーが出来ることと同時に、サッカーが与えてくれる喜びをあらためて感じた瞬間だったと言わざるをえません。

来シーズンからは、胸スポンサーにわれらが高橋酒造様が復帰。ホークスに劣らない”本気”の支援と聞いています。もちろん、香梅様のこれまでのご支援にも感謝申し上げます。

そしてそこに入ってきたのが、養父雄仁選手完全移籍のニュース。この才能豊かなゲームメーカーの加入は大きい。岡山からはポテンシャルのあるFW白谷。加えて武富のレンタル延長といううれしい話の連続・・・。

さらに。熊本からのオファーに対して、真摯に向き合っている気持ちを正直に書いてくれている北嶋のブログ。それは、もし結果的に熊本を選んでくれなくても、われわれファンを納得させる「サッカー選手・北嶋秀朗」の生き方そのもの。

なんだかちょっと力が湧いてくるような。少し顔を上げて歩いていこうかなと。来年もまた、このホームチームと一緒に。サッカーのあるいつものくらし。

この一年のおつきあいに感謝しつつ、年末のご挨拶とさせていただきます。よいお年をお迎えください。

12日のJリーグ臨時理事会で、今季JFL3位の町田、4位の松本のJ2入会が認められました。両チームのサポーターのみなさんおめでとうございます。ようこそJリーグへ。わずか4年前とはいえ、われわれもあのときの感慨を再び思い起こさずにはいられません。

これでJ2は目標であった22チームに達し、同時に、JFLからの新たな昇格条件と、初めてJ2からの降格規定が示されました。いわゆる“底が抜けた”ということですが、これが今後日本のサッカー界にどのような影響を及ぼすのか。まあ、こればかりは“他人事”であってほしいと願わないではいられません。あの“青の時代”、JFLから九州リーグへの降格という苦い思い出がよみがえってきますが、JからJFLへの降格はそんなものでは済まないようなダメージでしょう。

さて、J2昇格4年目の年。高木体制の2年目は、昨季の7位躍進から順位は落として11位で終了しました。リーグ戦が終わって選手以上に“ほっと”してしまい、更新意欲を失っていたわれわれですが、きちんと今シーズンを振り返るエントリーを書いておかなければいけませんね。とは言っても、皆さん方が見たこと、知っていること、思ったことをなぞるだけになりそうですが・・・。

今季、スタートからのトピックスは、4-4-2の中盤をダイヤモンドにしたことでした。高木監督の意図は「たくさんの選手を使いたいから」。それは、昨季強固な守備を構築したのはいいものの、得点力不足に泣いたことへの対応。更なる上積みを図るため。攻撃に人数を掛けるためであり、ファビオをトップ下に起用することでもありました。そしてそのために今季の補強の目玉とされたのがワンボランチに耐えうるエジミウソン。ファビオと長沢との190センチ級の前線は、熊本にこれまでにない高さをもたらし、われわれは「高さの麻薬にはまりそう」、ファビオをして「高さのシャドー」などと書いたりしました。

しかし言葉の壁からくる戦術の理解不足なのか、あるいは研究された結果か、中盤を縦横無尽に駆け回るものの、昨年までのようにファビオがボールをキープできない場面が目立ちました。終盤では途中交代でトップに入ることも増えましたが、期待された得点源としての役割は十分には発揮できなかった。ここは監督としても計算が外れたのではないかと思います。

エジミウソンは、「さすが」とため息をつかざるを得ない読みとポジショニングで、相手の攻撃の芽を潰したり、最終的なピンチを防ぐ働きが随所にありましたが、いかんせん攻撃に転じた際の起点にはなれなかったと思います。もちろんこれは前線の動き出しの少なさ等、連携不足の問題もかかわってくるのでしょうが。

意外に(失礼!)奏功したと思ったのは、そのエジミウソン不在のときの原田のワンボランチ。判断のいいチェックで中盤を閉めて、ボール配給に努めました。彼の左足を使いたい指揮官は、エジミウソンがボランチを努めるときは一列下げて左SBに置きました。その原田からの大きなサイドチェンジのボールから市村がチャンスを作る場面が、ひとつの熊本の攻撃パターンではありましたが、「攻撃は市村サイド」と相手チームから研究されなかなか思うような展開ができなくなりました。プレースキッカーのほとんども原田の役割で、セットプレーから2点を奪いましたが、高さの割にはCKからの得点があまりにも少なかったことも今季1試合平均1点以下という結果の遠因でした。

手詰まり感のなかで、最終ラインからのロングフィードで前線の高さを生かす”ハーフチャンス”(競り勝って混戦に持ち込んではじめて決定機になる)ばかりを狙う展開に陥りました。

現在発売されている「サッカー批評ISSUE53」で西部謙司氏が、『Jリーグに見るロングボールの有効性』という興味深い考察を書いていますが、そのなかで「ロングボール戦法のメリットは、ハーフチャンスを数多く作るのに向いている」と書きながら、同時に「ロングパスを繰り返すと、戦列が確実に間延びする。MFが上下動を精力的に繰り返し、こぼれ球を拾い続けていれば問題ないが、この戦法に慣れているイングランドの選手ですら、60分前後で運動量がガタ落ちする」と述べています。

行政の理解により練習場がほぼ県民運動公園に固定されたことは、昨季と比べて大きな前進といえましたが、熊本の高温多湿な夏場にチームコンディションが著しく落ちるという問題はやはり改善されませんでした。ロングボールで狙うハーフチャンスはセカンドボールの奪い合い。そして間延びした大きなスペースでこぼれ球を拾い続けるのですから体力は消耗せざるを得ない。それが果たして監督の示した戦術なのかどうかもわかりませんから異を唱えるつもりもありませんが、いずれにせよ今季も夏場からのチームの不振は見るからに明らかでした。

ただ、われわれはこの時期の足踏み、あるいは大敗、連敗は、単に体調(コンディション)の問題だけだったのだろうかという疑問を今でも持っています。何度か書いたかも知れませんが、それは7月ホームの富山戦での引き分けから端を発していなかったかと。あれは鳥栖戦をなんとかスコアレスドローでしのぎ、次の千葉戦を辛くも先行逃げ切りで引き分けたあとの試合。相当の”神経戦”が続いたあとに待っていた25,000人を超える大動員試合でした。

「今まで目撃したことがない車の列、列。大渋滞。いくら動員試合とは言え、ここまでのものは経験したことがなかった」と、そのときわれわれは書いていますが、確かに飲み物を買おうにも長蛇の列に諦めて、喉がカラッカラになったことを思い出します。なにより問題だったのは、それらの観衆が試合に集中することなく、90分間スタンドを動き回ることによって、始終ざわついた雰囲気を醸し出したことでした。これが間違いなく選手たちの集中力にも影響していた。

そんなことは関係ないだろうという意見もあるかも知れません。しかしわれわれは09年、湘南が福岡に大逆転を喫した、あのネタのような「お茶配給事件」を笑い話とは思えませんでした。ピッチ上で起こっていることと無縁なスタンドのざわつきは選手の集中力を欠く。スタンドはピッチと一体なのだと。だからこそ応援に意味があるのであって。特にホームチームにおいては・・・。

大動員が悪いことだと言っているのではありません。それは新規のファンを獲得するためのひとつの有効な手段でしょう。しかし、あの神経戦の連続のあとのタイミングは最悪だったといわざるをえない。初めてロアッソの試合を観にきた人の集中力のなさを”集める”舞台では決してなかった。観ているわれわれ以上に浮ついた感じのする選手たちは、富山の変則的なシステムにてこずり、先制点を奪われながらも、なんとか同点にすることでハレの大動員試合に帳尻を合わせました。

そして、この3試合連続の引き分けから、学ぶべきもの、修正すべき点が少なくはなかったはずなのに、整理できなかったこと。それは結果が“引き分け”だったからなのかも知れない。「悪くはない」というイメージを持ってしまったのかも知れない。それがこのあとの大敗につながってしまったと思わざるを得ないのです。残念というしかありませんでした。

そんな見えない歯車が微妙に狂いはじめた状態で途中移籍の菅沼を迎えたことも、タイミングが悪かった。彼にとっても不幸だったのではないでしょうか。チームの売り物だった「組織的守備」が影を潜め、大量失点ゲームのあとも失点が途絶えませんでした。高木監督の選手起用法に多くのファンが首を傾げ、疑心暗鬼になり、古参のメンバーの起用を求める声がピッチの外から聞こえてきました。

ツリー型の4-3-2-1にシステムを変更したのは9月のホーム鳥取戦からでした。ソンイニョンのワントップに武富と大迫のシャドー。そこにサイドの片山、吉井が絡む。この試合から徐々に熊本にも、前線のターゲットに当ててのハーフチャンス狙い一辺倒から、流動的にボールと人が動く連携が芽生え始めたと言っていいのではないでしょうか。その後は、対戦相手や選手の特徴に合わせて、中盤を閉めて前線をワイドに押し上げた4-3-3のシステムなどを臨機応変に採用しました。

今季の前線は、清水からレンタルの長沢が一貫して使われ、それに最初は仲間、次第に大迫、武富が定着。ファビオとソンイニョンが絡むといった布陣でした。しかし、いずれのメンバーも若く、このリーグでシーズンを通してプレーする経験もなかった選手たちです。この若いFW陣に“得点力”を背負わせるには、あまりにも荷が重すぎました。終盤では鮮やかな崩しからの得点シーンも見られましたが、シーズン終了後に池谷GMが語った総括は、一言「パスを出す選手がいなかった」(熊日)ということでした。

われわれも周りの動きを待てる“溜め”を作れる選手がいればと思いましたし、加えて言えば試合中の状況判断ができる選手。悪い時間帯に凌げる選手とも言えるのか。それはまたフィールドプレーヤーにリーダーがいなかったという意味も含まれています。チームキャプテンは南という確固たる存在があるにせよ、試合中の状況判断という意味では、フィールドプレーヤーのなかにキャプテンシーのある選手が欲しかった。試合毎に、ゲームキャプテンが変わったことが、逆にその不在を示していたのではないかと思うのです。

しかし、チャンスを与えられた若手にとっては相当な経験の一年になったことは確かでしょう。そういう意味ではわれわれファンにとって、「我慢のシーズン」だったのかも知れません。思えば、発足から昨シーズンまで、常に何らかのステップアップ、結果を積み重ねてきたチームでしたが、これははじめて直面する状況でもあります。しかし、そんななかでも、終盤に華麗なゴールやアシストを重ねた生え抜きの大迫。今年一番の成長株。これも昨年、一昨年と使われ続けたからこそだと思います。願わくばレンタル選手も延長になって、今年のこの我慢が、来年への大きな飛躍につながってくれることを期待しています。

未曾有の大震災によって開幕翌週からの中断を余儀なくされたJリーグ。不謹慎な言い方かも知れませんが、われわれにとって見れば開幕勝利の勢いが削がれてしまったのか、それともエジミウソンの故障での不在期間を最小限に止めることができたのか。できれば何事もなく、過密日程のないスケジュールで全力で戦わせたかった。

ただ、野球界のように変に揉めることなく、整然と最小期間での再開を実現させたJリーグ。われわれにいつものサッカーのある暮らしを取り戻してくれたJリーグ。それはその後の福島原発の問題で耳目を集める中、世界中の人々に日本の平穏を伝えることの一助にもなったのではないかと思うのです。そして、中断期間にもチャリティマッチやチャリティ募金を独自に行った各チーム、選手たち、被災チームのサポーターにエールを送ったサポーターたちにも大きな拍手を送りたい。改めてサッカーを好きにさせた。そんなシーズンだったことを、最後に記しておきたいと思います。

12月3日(土) 2011 J2リーグ戦 第38節
鳥栖 2 - 2 熊本 (12:33/ベアスタ/22,532人)
得点者:19' 大迫希(熊本)、56' 早坂良太(鳥栖)、70' 矢野大輔(熊本)、76' 木谷公亮(鳥栖)

Jリーグ最終節。そしてJFLも最終盤、地域決勝大会も。今シーズンも日本中のピッチの上で、それぞれのファンの思い出に残るゲームが繰り広げられました。しかし、今日のこの鳥栖スタジアム。2万人を超えるサッカーを愛する人たちが集い、つくりあげた、これほど感動的な空間は他になかったのではないかと思います。

1999年のJ2創設時所属10チームから最後のJ1昇格。幾度ものクラブ存亡の危機を繋ぎとめ、乗り越えてのこの日。それはもう小説よりもはるかに奇なる激動のドラマ。

すべては結果論かもしれませんが。絶望的な現実にも、挫けず、諦めず、絶対に諦めず、耐えて、耐えて、夢をつないだ、すべての鳥栖のファン、関係者の方々に、敬意と祝福と共感と。そして最後までチームを切り捨てなかったJリーグへの感謝も忘れずに。

大好きなサッカーが、勝ち負けだけでなく、歴史や、地域や、人生や、そんなものもひっくるめた深い感動をもたらしてくれることを、また今日も勉強させてもらいました。

さて試合はというと…。
「今日はサッカーにならなかったというか、お互いに気合いが入っていて、ガチャガチャやっている感じだった」(武富)、「やっている僕たちも楽しくて、見ている人も楽しんでもらえたと思うし、気持ちのこもった試合ができたと思う」(大迫)と振り返るように、お互いが気合の赴くままに激しくぶつかり合ったメモリアルゲーム。

高木監督も「とにかく勝つため」「この雰囲気の中で戦うには少し変えて、危機感を選手たちに持たせるというのが狙い」「とにかく勝つ事が全ての3-4-3だった」と語るように、絶対に勝ちたいという執念をこめた布陣で臨んだ。

鳥 栖
 9豊田 
 22池田 
10金25早坂
6岡本14藤田
3磯崎15丹羽
2木谷20呂
 1赤星 
後半15分 丹羽 竜平 → 田中 輝和
後半27分 早坂 良太 → 國吉 貴博
後半36分 池田 圭 → 岡田 翔平


熊 本
 9長沢 
13大迫14武富
7片山15市村
8原田5エジミウソン
16矢野24筑城
 28菅沼 
 18南 
後半24分 武富 孝介 → 齊藤 和樹
後半34分 大迫 希 → ファビオ
後半41分 エジミウソン → 吉井 孝輔


「J1を決めた鳥栖と対戦しての、プレーの質の差などについては?」との問いに対しては「その質問に対しては、僕は答える事はありません。我々は全力を尽くして頑張って、その結果がドローだったので、特に言う事はありません」とかわしたが、見ているわれわれがはっきりと感じる差。昇格する大先輩・鳥栖が教えてくれたのは、すべてにわたっての、“少しづつの”差。結果としての大きな差。とても引き分けたなどと胸を張れるような内容では決してなかった。今日の舞台設定を織り込んで、相当なメンタルで準備して臨んで、最初から飛ばしに飛ばして。そして先制、追加点を奪っても、“持続”できないという課題はいかんともしがたく、追いつかれるのは時間の問題とも言えました。まぎれもなく今のチームのキーマンといえる大迫や武富が疲れを見せたときに、それに代えて活性化できるタレントがいない。逃げ切ることはなんとか出来ても、追いつきひっくり返すような展開はまだまだ。今シーズン、そんな試合が少なかったことが、そんなわがチームの今を物語っているように思います。

試合が終わって、昇格を喜ぶスタジアムの鳥栖サポーターが映し出されても、前節書いたような「自分たちのことのようにもらい泣きしてしまう」という気持ちには何故かなれませんでした。実質的には前節で昇格を決めていたということ。最後の試合を勝利で飾れなかったこと。そんな鳥栖側にある、少しばかりのモヤモヤ感が伝染したのかも知れない。ところが意外にもそんな気分を一転させたのは熊本のゴール裏に掲げられたシンプルな3枚の白い横断幕に書かれた言葉でした。

サガン鳥栖を愛する全ての人へ
堅忍不抜の努力に敬意を表します
追いつき追い越すまでJ1にいてね❤

不意打ちでした。こみあげてくるものを、自分たちのサポーターから貰うとは思っていませんでした。鳥栖のゴール裏もスタンディングオベーションでこのメッセージを受け止め、多くの人が涙を流していました。

相手をリスペクトする気持ちは当然ですが、彼らの経てきた苦難の歳月への“思いやり”が全て込められた言葉。彼我の“差”を受け止めて、それでもともに戦えたことを感謝するような…。

この夜、Twitter上ではこの横断幕を掲げた赤いゴール裏の写真が、感動の“つぶやき”とともに何度も何度もRTされ、とうとう「ロアッソサポ」というワードが、ホットワードに上がりました。

Jリーグの根っこのところにある本当の素晴らしさ。それをこうやって示してくれたうちのサポーターが誇らしくもあり。今年はあの東日本大震災に見舞われた年でもあっただけに。温かい余韻にしみじみと浸りながら、2011シーズン最終戦をやっと終えることができました。