2012.12.30 年末ご挨拶
年の瀬にあたり、今年のご愛顧に感謝してご挨拶申し上げます。

今年は「5年でJ1」の最終年でしたが、残念ながら新しく導入されたプレーオフ制度に進出することもかなわない14位という結果で終わりました。そして監督として率いた高木琢也氏も3年間のピリオドを打つという年になりました。

もうすでに色々なところで書いてあるので、あらためてわれわれが振り返るまでもありませんが、高木最終年となった今季は、リーグ緒戦の躓きがもったいなかった。そして主力の相次ぐ怪我に悩まされた。

しかし、武富の覚醒は、昨季のチーム得点王・長沢の穴を埋めて余りあり、同じ柏からの北嶋の途中加入は、ピッチの内外で武富だけでなく多くの若手の見本となって、チームの雰囲気自体を好転させたように見えました。

ハマッタ時の流れるようなパス回しからの得点シーン。美しくもあり、心揺さぶられるような劇的な展開での得点シーンが多かったのも、今シーズンの特徴であり、築き上げた上積みのような気がします。

そしてシーズン最終盤にきてようやく上位を倒しながらの5連勝。天皇杯3回戦ではJ1優勝戦線を戦う仙台を下し公式戦6連勝というチーム記録を築き上げ、順位以上の存在感を示すことはできました。南が「負ける気しねぇ!」とゴール裏で叫んだのも、この頃だったでしょうか。

J2のチーム数が22に到達し、JFLへの降格制度が導入されたことも、今シーズンのトピックスだったでしょう。新参入の町田が、その初めての適用ケースとなることになってしまいましたが、その町田を相手に熊本は一敗地にまみれ、リーグ序盤は自分たち自身が降格圏内という”地獄の底”を覗く順位に位置していました。あの頃のどうしようもないドキドキ感は今も忘れられません。

不振と言えば、開幕間際にクラブの債務超過が発表され、突然の社長交代に至ったことも、チームの士気に影響はなかったかなどと、今となっては思います。責任をとって岡社長が退任しましたが、彼が就任する際のエントリーで、その経歴からきわめて厳しい視線を送っていたことを思い起こします。

われわれは”青の時代”に一度降格を経験しています。そのとき失ったものはとてつもなく大きかった。多くの友人だけでなく、選手、チーム自体も失いかけた(失った…)と言っても過言ではないでしょう。だからこそ「ホームチームがある喜び」などと、年寄りの繰り言をついつい書いてしまいます。

10月、KKウィングで見た町田サポーターの姿。その痛いほどの思いが頭をよぎります。降格したからといって町田というチームが無くなるなんていうことはもちろんないのですが。降格したからといってもちろん彼らが応援することを止めはしないだろうし。そこにはサッカーの街・町田という歴史・文化が根付いていることも大きいと思われます。お隣の大分が県民の後押しによってあの莫大な借金を一気に返済できたのも、長いJ1での戦いがサッカー文化を根付かせたからこその”力”と言えなくもないと思います(もちろん未だに6億円近くという巨額の債務超過状態は続いていますが)。

年のせいか、どうしてもペシミスティックでセンチメンタルになってしまう大晦日ですが。そういう意味も含めた「5年でJ1」の最終年だったのだと。うまく文章にできませんでしたが(笑)。

最後に高木監督だけでなく、今季を持って去り行く選手たちにも、一緒に戦えたことの感謝を伝えたい。特に根占に関してはわれわれの好きな選手だっただけに残念でなりません。怪我がちだったのが痛かった。しかし本当に決定的な得点、仕事をしてくれた。そんな気がします。

新しい年は吉田監督が率いる新しいロアッソがスタートします。徐々に選手の契約更新や、新戦力も発表されてきて。これまで積み重ねたものをチーム、クラブの”歴史”にしながら、また新しいものを積み重ねる一年にしたい。そう思います。

皆様、どうかよいお年を。


熊本の新監督に吉田靖氏の就任が正式に発表されました。しかし、元U-19の日本代表監督と言われてもその名前を思い出せず、吉田靖と言われてもその顔すら思い浮かべられず、われわれにとっては“白紙”の新監督です。

「渋いところを引いてきたなあ」という感想が第一印象。それは、クラブチームの監督界においてはまったくの”無名”。しかし、日本協会においてはある意味”エリート”。そんな不思議なバランスの吉田氏の経歴と評価故のことでもありました。

吉田靖新監督は、1960年生まれ。国学院久我山高から早稲田大。1年次よりフォワードのレギュラーポジションを獲得し、4年次には主将を務めた。また全日本学生選抜にも選出され、日韓学生代表定期戦やマラハリムカップなどの国際大会で活躍をした。(wikipediaより抜粋)

早稲田大1年のときの4年生が岡田武史、3年生に原博美、同級生に城福(浩)、一年下に関塚(隆)。日本代表、あるいは日本協会を支える人材のなかに、まぎれもなくこの時期の早稲田の流れがあることを感じさせます。

卒業後は、日本サッカーリーグ(JSL)の三菱重工(現浦和レッドダイヤモンズ)に入団。1部通算146試合出場24得点を記録。引退後は1992年より浦和レッドダイヤモンズのコーチ、浦和レッズのユースのコーチ、監督を務め、監督として1997年のクラブユース選手権で優勝を果たしている。その後U-20日本代表監督を務め2006年のAFCユース選手権で準優勝、翌年のFIFA U-20ワールドカップで16強入りさせている。(wikipediaより抜粋)

指導者としての経歴を見れば、主に育成年代の指導に長けた人なのだろうと言えます。特に2007年カナダ大会のU-20ワールドカップの16強入りは、「調子乗り世代」という言葉と共に注目を集めました。あの内田篤人や、香川真司の頃です。

協会の強化委員長の職にある原博美氏。甲府をJ1昇格に導いた城福氏。ロンドン五輪代表を率い4位という実績を残した関塚氏…。そんな協会の本流に名を連ねる一人だろう吉田靖氏が、12月7日に期間満了のためアンダーの監督から離れ、次の”経歴”に選んだのがJ2熊本の監督だったことは、不思議なタイミングの一致であり、受け止めるわれわれにとってもある意味光栄なことなのかも知れません。

勝手な憶測を発展させると、「J2クラブの熊本をJ1に上げた」という実績(キャリア)を積むために日本協会が送り出した。今回の人事にはそんな背景もあるのではないかなどと・・・。
もちろんそれは何の約束も裏付けもない”挑戦”であり、すべては吉田氏の力量にかかってくるわけですが。ただ、それはわれわれ熊本ファンが掲げる一番の目標とも完全に一致するわけで。

戦術はオーソドックスだが、しかしそのなかで高度なレベルを要求するのだと言われる。システムは構築するが、そのうえで”個”の能力を融合させるのがうまいらしい。あるいは選手の戦う心を揺さぶる稀代のモチベーターだとも。

当然ですが、出場機会に恵まれない有能なアンダー代表の若手を呼び寄せることもできるのではないか、そんな期待もあります。

クラブチーム、長いリーグ戦を戦う経験ということからはあくまで未知数。しかし、高木監督の後をついで、来季、熊本を飛躍させる大きな可能性を得たということは言えるのではないでしょうか。J2戦線を掻き乱したい。そのための指揮官には申し分ない。大いに期待したいと思います。

12月15日(土) 第92回天皇杯 4回戦
名古屋 5 - 2 熊本 (15:04/瑞穂陸/4,125人)
得点者:15' 田中 マルクス闘莉王(名古屋)、23' 齊藤 和樹(熊本)、43' 金崎 夢生(名古屋)、45' 齊藤 和樹(熊本)、65' 小川 佳純(名古屋)、79' 永井 謙佑(名古屋)、85' 玉田 圭司(名古屋)


前週のFC KAGOSHIMA相手の練習試合。ハーフタイムで選手たちにホワイトボードを示しながら高木監督が話し始めた内容は、いきなり「闘莉王は・・・」という名前で始まりました。FWで起用され点取り屋として活躍している闘莉王。かなり警戒していたのは間違いありませんでした。「闘莉王さんは規格外だけど、競り勝てなくても自由にさせないことで、セカンドボールでうまく対応したい。」と話していた廣井(BROGOLAから)。しかし、やはり闘莉王に決められ、闘莉王に守られた試合ではなかったでしょうか。

20121215名古屋戦

初めて天皇杯4回戦に進んだ熊本。われわれはBS観戦。15時から画面が瑞穂陸上競技場に切り替えられると、まず目に飛び込んできたのは、ゴール裏に集結した(名古屋とは違う)赤い色のサポーターの数。驚かされるとともに頼もしくなります。テレビを通してもゴール裏のコールがはっきりと聞き取れるほどに、大きく力強く響いてきます。

高木監督の最後の采配になるかもしれない、そんなことも大いにあったに違いない。

「一発勝負の面白さを感じさせてもらえたことはよかった」。当たり前ですが、個々の力の差は確かにあるものの、高木監督はこの勝負、勝ちにいっていた。それも引いて守って守ってカウンターという格下にありがちな戦術ではなく。もう少し、固めに守っていってもよかったのでは、と思ったほど。それでも120%でないと勝てない相手。それがやはり名古屋でした。

前日の熊日朝刊にはこう書かれていました。「『名古屋のカウンターはめちゃくちゃ鋭い』と高木琢也監督が警戒するように、中途半端な攻撃からボールを奪われるのは避けたい」。しかし攻撃に転じた際、自陣エリアで奪われるミスが続発。危惧していたことが現実になります。それでも名古屋の雑なフィニッシュに、なんとか失点は免れていたのも15分まででした。

藤本の左からのクロスにファーサイドの闘莉王が、片山の頭越しにヘッドで突き刺す。破壊力のある高さでした。

しかし熊本も下を向いたわけではなかった。右サイドを駆け上がった武富がマイナスで入れると、北嶋が作ったスペースに入り込んできたのは齊藤。落ち着いてゴールに流し込み同点。湧き上がるゴール裏。

ところが前半終了間際には、ゴール前で競った闘莉王の落としを金崎が奪うように南と1対1。勝越し点を上げると、返す刀で齊藤がひとりドリブルから仕掛けてゴールに迫る。再び同点に追いついて前半を折り返し。名古屋のサポーターからは猛烈なブーイングが上がったといいます。

前半のこの打ち合いの展開のなかで、なんとか勝機をつないできた熊本。ただ、後半の武富の決定機。多分、あれがこの試合の分岐点だったのでしょう。

ハーフタイムにストイコビッチに喝を入れられただろう名古屋イレブンは、猛烈にバイタルを脅かしてくる。小川の追加点が決まると、指揮官が立ち上がり、ダニルソンと玉田を投入。闘莉王を本来のポジションCBに下げる。結果的にこれで試合が決まってしまった気がしました。ダニルソンと闘莉王で後ろを固めた名古屋は、玉田の前線での躍動もあって、熊本のDFを翻弄。面白いように追加点を上げていきました。まさに闘莉王が攻め、闘莉王に守られた試合。そんな感じさえしました。

後半に関しては走力の問題。完全に息が上がっていました。名古屋のカウンターの速さ、鋭さ。これはつまり速いだけではなくて多彩。

「点の取り合いでは正直では分が悪かったかなと。」と言うのは試合後の高木監督。もっとクローズな戦いで臨んだはずだったのでしょう。そこは思惑が外れた。高木監督も。われわれも。それにしても、もうちょっと我慢できなかったかとみるべきか。トーナメントで上位カテゴリーと戦うなかで、勝ちにいく戦術として。先に点を与えて追いつく展開。そこでオープンなゲームになってしまっては、やはり力の差が歴然。前半の名古屋は完全に前がかりで隙ありという感じだっただけに、先制点の献上がなにより悔やまれます。

ひと月以上試合間隔が空いた熊本と、直前までリーグ戦を戦っていた名古屋。コンディション作りの苦労もあったのかも知れません。ただ、おかげで北嶋が間に合ったのも事実。代わりに藤本がまた故障してしまったのは計算外でしたが・・・。

試合終了のホイッスルはまた、この3年間の高木ロアッソの終わりを告げる笛でもありました。画面に映る指揮官の顔には、リーグ戦での敗戦と違ってどこか晴ればれしたとも取れる笑顔が見えました。

「自分自身にとって貴重な3年間でしたし、3年のスパンとはこういうことなのか、1年目、2年目、3年目とこうなるのか、ということを本当に勉強できました。自分の財産となったことは感謝です」。試合後のコメントも3年間という、ひとつのまとまった期間を戦い終えた潔い退任の弁。

12月のこの時期まで試合ができることの不思議な感覚。結果を残せなかったという意識も強いだろうが、われわれは楽しかったし、高木琢也が監督であることを誇りにさえ思えた。「今日勝っていれば、全国で8チームだけが練習を続けられる、次に4チーム、決勝まで残れば元日までサッカーができる。こういう時期に、日本全国でその8チーム、4チーム、2チームになれる、という喜びを感じられた」。それはわれわれファンも全く同じでした。

高木監督の最後の采配となったこの試合。ピッチ上には来季もこの陣容で戦う選手たち。

報道では次の監督人事も固まりつつあるような。今日の高木監督は、自分が3年間手がけたチームを、次の監督に引き継ぐような、そんなゲームをしたかった、見せたかったのではないか、などと想像しながら見ていました。なんとなくいつもの采配とは違うような。

もちろんそれはトーナメントの一発勝負だし当然かもしれないが。勝ちたい気持ちも当然だけれど、チームの今、到達点を見せたい、あるいは、次のステップにレベルアップしていく予感みたいな、そんな戦いを見せたい。なんとなくですが、そんな思いが伝わってくるような戦いぶり。

次の監督に託すような。こんなチームなんだ。次はこうしたかったんだ。と言っているような。試合後の笑顔にも、そんな思いが込められているように感じたのは、いつものわれわれの思いすごしなのかも知れませんが。

とうとうお別れの試合となってしまった名古屋戦。名残惜しさを振り切って、再び高木琢也氏への感謝の言葉で締めくくりたいと思います。ありがとうございました。

J2のリーグ戦が終了して、チームも1週間という長めのオフをとったようで、われわれもちょっとホッとしてしまって、いつの間にかJ1も最終節を終え、降格チームが決定してしまいました。長いことエントリーが空いてしまいましたが、それでも天皇杯まではまだ半月近くあるし、ここで今季のリーグ戦に関して、一度、ちゃんと振り返りをしておきたいなと思いました。

とは言っても、例年ならエントリーにいただいた拍手数を基にしてベストゲームを決めていたのですが、昨今、拍手数も低迷しており(笑)、ほとんど差がなくなっていますので、今年は拍手+われわれの独断で、ベストゲーム、ドラマチックゲーム、ターニングポイントゲーム、そしてワーストゲームを決めていきたいと思います。


まず、ベストゲームとしたのは10月7日第37節のアウェー山形戦です。まだ昇格に望みをつないでいた山形を相手に、敵地で0-2の勝利を納めた試合。これを今季のベストゲームと“断言”したいと思いました。エントリーでも、この試合を「完勝でした」と記しています。

初ゴールを上げてから”存在感”を示していたFW北嶋を欠く試合でした。しかし、北嶋の活躍に発奮したのかFWに復帰した武富の2ゴールで、山形を沈めました。そこまで5試合勝利のなかった山形は、このホーム戦で「まるで勝利という獲物に飢えた野獣のように襲いかかってきました」が「その勢いに怯まず」、熊本が耐えるべき時間を耐えて得点を重ねる。

「10分、自陣右サイド奥から五領が浮き球のパス。齋藤が付いていた相手を振り払って前を向く。アーリークロスの先は武富。DFの死角に入った武富が、ヘッドで叩き込みます。」
「23分、自陣から持ち上がると、ダイアゴナルに走り込んだ五領にパスが通る。五領がPA左奥からマイナスで返す先には養父。養父のシュートはブロックされるも、そのボールを原田が左に繋ぐ。藏川から武富。武富が切り返してひとりかわすと、右45度の角度から冷静にコースを見切って打つ。シュートブロックも、GKの手も抜けて、ボールはゴールネットに突き刺さる。」

守っても、リーグでもダントツ1位のシュート数を誇る山形のシュート数を前半2本、後半は1本に凌ぎ“打たせない”という究極の戦術的ゲーム。「ボールを保持はするものの、最後のフィニッシュまで行けてなかった 」「そうさせないような守備を組織的に、しっかりブロックを作ってプレスをかけてきた」と敵将・奥野監督に言わしめたチーム記録の4連勝目。そして、そのままの勢いで熊本は仙台に乗り込み、天皇杯3回戦のJ1仙台戦に向かうことになります。

故障者や遠征でのトラブルといったチームをめぐるいろいろなアクシデント、ネガティブな要因を越える”勢い”。それを感じさせた試合といえました。


ドラマチックゲームとして挙げたいのは、やはり北嶋が初ゴールを挙げた9月23日第35節のホーム福岡戦でしょう。

先制点を挙げた高橋祐太郎が前半のうちに故障。その直前にはミスから福岡に同点にされていました。そこに投入されたのが北嶋。

「スタンドのファンだけでなく、ピッチ上の選手たちにもまん延しそうなそんな嫌なムードを払しょくしてくれたのはこの男でした。ある意味、待ち望んでいたように割れんばかりの拍手が、ピッチに登場した彼を包みました。」

なによりこの日、ファンの心を熱くしたのは彼のブログに綴られた「決意。」という文章でした。熊本の昇格を託されて移籍してきた北嶋。しかし得点という”結果”がでないなかでの苦悩。その彼が宣言した。「今日の試合絶対勝つ。ゴールを決める。絶対決める。」と。

そして前半のアディショナルタイム。北嶋が指差した先に、原田がアーリークロスを入れる。「滞空時間の長いジャンプから高い打点のヘディングで勝越し点を決めます。美しい。そして実に北嶋らしい。移籍後初得点でした。」

さらには後半18分。福岡DFの古賀との駆け引きに勝って押し込んだ技ありの駄目押し点。まさに”北嶋の試合”と言えるゲームになりました。

「約束したそのゴールを”有言実行”した後に吠えるその鬼気迫るような目つき、そこに抱きつきにいった藤本のまた同様な眼差しを見て、心揺さぶられない赤いファンはいなかっただろう。涙ぐんでいるサポーターさえいました」。そう書いていますが、今でもあのシーンを思い出すと、胸が熱くなります。


さて、この試合の前節・大分戦の勝利も含め、熊本はここからクラブ新記録となる5連勝(天皇杯仙台戦を入れれば公式戦6連勝)に突き進むのですが、リーグ終盤におけるこの好調を形作ったターニングポイントは、実はもっと早い段階にあったんじゃないかとわれわれは思っています。それは表題に「勝ったぞー!千葉に」と、ガラにもなく手放しで喜びを表現した7月1日第22節のホーム千葉戦。リーグ後半戦最初のゲームでした。

前回対戦の大敗から、千葉をリスペクトした熊本は、開幕以来の4バックというシステム変更でこの試合に臨みました。息が詰まるような神経戦。堪らず交代カードを先に切る敵将・木山監督。守り一辺倒ではなく、まさしく組織的守備から攻撃に転じる熊本の運動量。終了間際の決勝点。

戦術もベンチワークも、選手のパフォーマンスも千葉を上回り、木山監督から完敗に近いコメントを引き出した試合。その後、4連敗などのつまずきはあるものの、この試合から用いたシステムと戦術、大クラブへの勝利という自信が、それまで”内容は良くても結果が伴わない”といったジレンマからチームを脱却させる節目(ターニングポイント)になったゲームだったのではないかと思うのです。


さて、最後に今シーズンのワーストゲームを挙げるとすれば、第8節4月15日のホーム水前寺、松本山雅戦。多分、多くのファンにとって異論のないところではないでしょうか。「試合途中に退席する人に対して『野球観戦じゃないんだから・・・』と揶揄した覚えがあります。しかし、今日ばかりは、3失点目を見届けた後、席を立つ人たちを責める気持ちにはなれませんでした。」と書いています。それほど酷い試合でした。ただ、指揮官やメディアが選手たちの”メンタル面”を一方的に指摘するなか、われわれはそれ以上に、戦術やベンチワークと選手たちのパフォーマンスの食い違い。ちぐはぐさに注目しました。そしてそれは、”簡単に勝てる相手などこのリーグにはいない”ということを教えてくれる象徴的な試合でした。この頃の迷走が、今季の熊本の最も”もったいない”部分でした。しかし長いリーグ戦、この時期があったからこそ、苦悩して積み上げたものが大きかったとも言えるのかも知れない。まだまだ。足を掬われる余地はいつでもあるという意味も含めて、この試合は深く脳裏に焼き付けておくべきでしょう。


J2リーグ戦閉幕からこの間、プレーオフでは6位の大分が5位の千葉を下し、J1昇格を決めました。あの大分がJ1に復帰、そしてJ1からは札幌、神戸とともに、あのガンバ大阪が落ちてくる…。われわれの2012年はまだ終わっていませんが、来季のリーグ戦に思いを馳せれば、また身が引き締まる厳しい戦いが予想される。しかし、だからこその楽しみでもあります。