AC熊本の社長人事が発表になりましたね。前田社長が退任し、後任は元産交エージェンシー社長の岡英生氏とのこと。

まず、前田社長に「お疲れ様でした」という言葉を捧げたい。
本当にご苦労さまでした。

われわれは、仕事の関係で前田社長には以前から少々関わりがありました。ある意味で異色の県庁マンとしてのイメージを強く持っていました。

今さらかもしれませんが、前田社長の経歴をふり返ってみます。1941年生まれ。白川中学、熊本高校から学習院大学政経学部卒。65年熊本県庁へ。企画開発部企画課長補佐、テクノポリス建設室長、交通計画課長、地域振興課長、林政課長などを経て、91年3月総務部国体準備局長、94年3月企画開発部次長、96年3月世界ハンドボール選手権推進局長、97年7月県立図書館長、98年3月商工観光労働部長、01年3月県職員退職、01年6月天草エアライン社長、01年7月グランメッセ熊本理事長、05年4月AC熊本社長。

企画開発部の現場で熊本テクノポリス構想の推進に関わり、熊本国体主会場の買収など大規模開発を手がけ、世界ハンドボール選手権の熊本開催、日韓ワールドカップではベルギーキャンプの誘致というビッグイベントを成し遂げ、県庁退職後もグランメッセ熊本で現場に立つなど、一貫して熊本の地域振興に関わり続けてこられました。

KKウイング建設にあたっては将来的なサッカーでの活用を考えて、ロッカールームの作りを、きちんとホーム、アウェーのシンメトリーに設計変更させたという何やら因縁めいた経緯を伺ったことも懐かしい思い出です。また、ハンドボール世界選手権では現・県サッカー協会長の井薫氏(モントリオール五輪ハンドボール女子代表監督)、ACの米村取締役(当時熊本電通)とともに大会を成功に導きました。

まず、初代社長・荒木前サッカー協会長が立ち上がりの急場をしのぐ形で就任されました。健康面の不安もありながら(大津町長を退かれたのもそのあたりがあったと聞いています)、これも本当に無理を押してつないでいただいた。そしていよいよ九州リーグがスタートというタイミングでグランメッセ理事長を満了した前田社長にバトンタッチされた、という経過でしたね。

いまさらですが、あらためて前田社長の経歴を見ると、あの時期のロッソにとってこれ以上の人物は、他に見当たらなかったなというのが正直なところです。熊本の行政、経済界への幅広い人脈、地域振興にかける熱意、そして独特のビジネス感覚(商売感覚と言うべきか)で、実に細かいゼニ勘定で、そこまでやるか、というくらいのリアリストでしたね。本当にご苦労さまでした。重ねてその労をねぎらいたいと思います。


さて新社長に就任した岡氏。われわれにはその人物像をうかがい知ることはできませんが、とにかく50歳という年齢。まずは大きな若がえりといえます。

旧九州産交グループの総帥・岡陽一氏の長男。2003年に表面化した九州産交の経営危機は記憶に新しいものがあります。その後、産業再生機構の支援案件第一号となり、グループ解体・再生の道をたどりました。岡新社長もおそらくはそのなかで”流転”といえる運命を経験されたのではないでしょうか。

以前のエントリーで「くまもとにJリーグチームを」県民運動について、熊本に漂っていた閉塞感、停滞感をなんとか打破したい。という地元経済界“有志”の、心底の思いが運動を突き動かしていった。と書きました。2001年末に民事再生手続きを申請した寿屋に続いて、ニコニコドー、熊本岩田屋そして九州産交という、それまで熊本経済の根幹を成していた企業の相次ぐ経営破たんがその停滞感の大きな要因だったことは間違いないでしょう。

ところが、そんなことを思いながら現在のロアッソのスポンサー企業リスト眺めると、いろんな運命的なつながり、縁といったものを感じます。

産業再生機構に対し、真っ先に九州産交のスポンサー企業として名乗りを上げたのは再春館グループ(その後、HISグループが支援スポンサーに決定)。今、その両社はロアッソのスポンサーとサプライヤーになっていただいています。

熊本岩田屋のあとを継いだのはくまもと阪神。そして壽屋、ニコニコドー後の熊本の流通再編を担ったイオングループ(マックスバリュー九州)、イズミグループ(ゆめタウン)。いずれも現在、ロアッソのスポンサーです。

そして、今回、新たにユニフォームスポンサーに協賛していただいた神城文化の森・藤田株式会社。人吉・球磨でサンロードシティを運営しているディベロッパー。主要テナントにはイエローハットが名を連ねています。ちなみに旧産交系ホームセンターサンコーは、2000年4月に全株式をイエローハットに売却。岡氏はその売却先のイエローハットで3月まで一従業員として働いていたのだそうです。
※イエローハットは今年六月上旬をメドに、保有するホームセンターサンコーの株式をすべて、ホームセンター大手のダイキ(愛媛県松山市)に売却すると発表している。


熊本の経済的閉塞感を打破するために生まれた“ロアッソ”AC熊本の社長に、そんな経歴の岡氏が就任するのも、なにかの”因縁”なのでしょうか。熊本経済の激動の荒波を真っ向から被った人が、今まさに再生へ希望を託した小さな船を任された。

これまでの荒木、前田という「県民運動的」草創期体制から、さらにクラブの体制強化、企業として一段の成長を目指す段階に入ったロアッソ。立上げから地域リーグ、JFL、J2昇格と言うステージを終え、これから全国区での戦いへ、更なる経営の強化が望まれます。

そのうえで、これはフロント体制の再構築、あるいは第2段階とも言える人事が始まったとも見ることができます。
と言っても、まだまだJ2でも最低レベルの運営予算であることは変わっていません。若い社長の給料自体が払えるのか?という心配が先にたつぐらいですから・・・。われわれとしては経営面では、なによりまず、キメこまかな営業力強化が課題だと考えています。そういう意味で新社長の手腕が大いに注目されます。

更に望むとすれば、なぜ、九州産交という地場の一大企業グループが破綻に追い込まれたのか。その時の自分のありようはどうだったのか。今一度、自らを厳しく省みて、この新しい会社の経営にあたっていただきたい。今、なぜ、小なりといえども熊本県民の夢を乗せた船=フラッグシップ=を任されたのか。こんなチャンスを与えられたのか。その意味を、重さを、深く心に刻んで、全身全霊をかけて社長職に打ち込んでいただきたい。
責任は決して小さくない。そう思うだけに期待しています。
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