アウェー2万人の前での逆転勝ちに歓喜したベアスタ。そして中二日しかなかった今節KKではクラブ新記録となる1万5千人の動員と初連勝に、前節を上回る喜びと幸福感をかみ締めるように一週間を送っています。ついでといっては何ですが、前エントリーでは書ききれなかったことを雑感的に書いておきたいと思います。

強豪・横浜FC相手に押せ押せで前半を終えたハーフタイム。メインスタンドで懐かしい方に声を掛けられました。ひとりはNTT九州時代のチームスタッフの方。もうひとりは県協会・九州連盟の方。二人とも、ぎっしり詰まったスタンドを見渡して、「今日は負けられんねえ」と。そのときはもちろん、今日のこの大勢詰め掛けてくれた初観戦のファンの前で、絶対勝利を見せなければいけない。そういう意味だと理解して同意したのですが・・・。

終了のホイッスルを聞き、がっくりと肩を落とす横浜から駆けつけた三十人ほどの相手サポーターを眺めながら、あの時のシーンが突然、蘇ってきました。そう、以前も書いたことがある、当時JFLのアルエット熊本が敵地・三ツ沢で横浜FCに成すすべもなく敗れた2001年の天皇杯2回戦。0-5という大敗。シーズン終了直後の満身創痍のチーム状態。加えてゲーム中に骨折者まで。そして何より、熊本から駆けつけた十数人のアウェイゴール裏の面々。関東在住者や友情応援で来てくれた大宮サポを加えても、圧倒的な数の横浜サポのスカイブルーの塊。威圧されるような野太く、しかも港町の匂いを感じさせる洗練されたコール。格の違いを見せ付けられた・・・。

それが今、名前は変われども熊本の名を冠したチームが、同じ相手とこうして同じカテゴリーで戦い、とうとう黒星を与えることができた。それも、あの時とは全く逆のシチュエーションで。横浜の“サポーター”を圧倒するホーム熊本の“ファン”の数的優位をもって。

それはある人にとっては”ロッソ”発足からわずか4年目にして達成する動員数であり、ある人達にとっては、あれから7年にして、ということなのかも知れない。この勝利は、5月の大敗のリベンジであると同時に、いや、どちらかと言えばあの7年前のリベンジを意識した方もかなりおられたのではないかと。多くの人がこのチームにかかわってきたということが、また思い起こされました。


さて、1万5千人。この数字は今回の動員プロジェクトにおける一過性のものであるということに異論はありません。しかし、前節のベアスタの2万人動員(理屈抜きに快挙!です)と今回の熊本という同じ動員プロジェクトの間には、微妙な違いがあることもわれわれは感じとっていました。(くれぐれも誤解なきよう。先輩・鳥栖の取り組みを揶揄するわけでは決してありません。)

鳥栖のプロジェクトはある小学生が描いた「鳥栖スタジアムを満員にしたい」という夢からスタートしたと聞いています。それに大人たちが賛同して、行政を巻き込み、そしてスポンサーが賛同した。あの日のスタンドの多くのスペースはブリヂストン・シートで埋められました。ハーフタイムで話した中年夫婦は福岡から来たと言っていました。鳥栖のチームカラーが青だということもあまり良く知らなかったようで。妻がちょうど赤い服を着てきたので熊本側に座った。今日、鳥栖は負けそうだね。と。
ベアスタを一杯に埋めた鳥栖ファンでしたが、スタンドの片隅を割り当てられたわれわれにも、あまりアウェーの威圧感は感じられませんでした。もちろんサッカーの試合です、戦況がスタジアムの雰囲気を大きく左右することはいうまでもなく、後半から来る人もいれば、前半だけで帰る人もいて。

一方、横浜戦の当日の朝、知り合いの中年女性から電話をもらいました。今日、チケットを貰ったので初めてKKウィングに観に行くのだけれど、「どんな恰好をして行けばいいの?」「赤い服を着てないといけないの?」「何時ぐらいに着けばいいの?」と微笑ましいような質問の数々。

いえ、それぞれのファンのファッションの話をしているのではありません。

両プロジェクトとも、多くの招待券によって達成した数字であることは間違いないと思います。その招待券分が、クラブの収支のうえでどう精算される仕組みになっているのか、その詳しいところもわれわれにはわかりません。しかし、ここでの違いは、鳥栖がブリヂストンという大スポンサー、筑後川下流域の一大企業グループの賛同と組織的動員を中心に進んだものであっただろうということ。一方の熊本は、熊日を始めとした「サッカーフェスタ実行委員会」の幅広い呼びかけに、潜在的な“熊本”ファン層が呼応する形での動員だったろうということです。

あくまで想像の域を出ませんが、鳥栖の多くの席はスポンサーの社員やその関係者が中心だったのではないかと。一方、熊本は小中学生のクラブからの応募や、金婚夫婦への招待という形を中心に、動員がなされた。スタンドもうっすら赤く染まり、ゴール裏の応援コールに呼吸を合わせた拍手など(一般的なサッカースタジアムの盛り上がりとはちょっと違うリズムで)一体感が感じられた。“動員”“招待券”と言いながらも、結局は「来たい人」「応援したい人」が来た。一度は行ってみたいと思ってはいるが、試合日程が良くわからない、チケットがどこで売ってあるのかわからない、いまひとつ二の足を踏んでいた人たち。そういう人たちを“迎えに行った”ということではなかったかと。

Jリーグの多くのチームがそうであるように、スポンサードされた試合、あるいはそれによって大動員がなされること自体を否定しているわけではもちろんありません。今回の鳥栖の成功と、その陰にあったであろう多くの方のご努力には敬意を表したい。逆に言えば、熊本にはそういった地域を代表するような大企業がないということでもあります。だからただ単に今回はこういった手法の違いになったのだと。

このサッカーフェスタ、今年で二回目です。第一回の昨年はJFL終盤の時期、とにかくJ昇格へ向けてチームを後押ししよう、また昇格後を見据えて、新たなファン層(潜在層)を掘り起こそうと実施されました。熊日が裏方の中心となって「サッカーフェスタ実行委員会」なる枠組みをつくり、広報宣伝はもちろん、チーム、県協会、協賛企業、サポーターなどとも話し合いが行われながら、身の丈の動員策を尽くしてきました。募金によるビッグユニ制作などもここからのものですね。この枠組み、チーム以外の第三者が動員の音頭をとるということ、ひとり一人が関われるということで(県民運動の基本となる考え方ですが)、非常に面白い(実は大変なんでしょうが)手法と思います。

“くまもとサッカーフェスタ”。

もちろんわかりやすい“熊本型”のホームゲーム動員プロジェクトです。しかしわれわれはそれを超える広がりや可能性をこのネーミングに感じています。“サッカーのお祭り”ということですね。勝った負けただけではない。サッカー自体を楽しむ、サッカーのある人生を楽しむ。そんなサッカー文化みたいなものがこの熊本にできればいいなと思っています。Jリーグ百年構想と同じように、このフェスタが百回目までも続くようにと。

先の中年女性は試合後、興奮しながら、「よかった。また絶対行く」と言っていました。

チームはJ参画初年度となる2008年の目標のひとつに“日本で一番暖かいスタジアム作り”を掲げていますが、これも熊本オリジナルな運営として少しづつ定着してきているのを感じています。また、来春には日本協会が中学生のエリート選手育成のため、宇城市につくったJFAアカデミーも開校します。

熊本独自のサッカー文化、スポーツ文化。

えらくビッグワードですが、一ファンとしてこのサッカーフェスタがそのあたりへ広がっていくことを願って、今日は、今回ご努力いただいた関係者の方々と、観戦された全ての人に拍手を贈りたいと思います。
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