天皇杯に早々と敗れたわが熊本。今週は、他チームの試合の傍観者となってしまい寂しい週末でした。その間、お隣のJ1チーム大分はナビスコ杯決勝で清水を下し、遂に初タイトルを取得。J草創期の旧日本リーグ出自の大企業系クラブではない、県リーグから“町おこし”として生まれたチーム。それもわが九州の一地方クラブの快挙として、素直にその快挙を祝福したい。そしていつかわれわれもという思いがつのるのは当然です。

一方、徳島の若き社長、高本浩司氏がシーズン終了を待たずに辞意を表明。3期連続最下位の責任をとってのことでしょうが、氷川高校出身の“熊本スピリッツ”な人物だっただけに、身近な戦友を失ったような、なにかとても残念な気持ちです。同志社大でも大学選抜チームで活躍。徳島の前身、大塚製薬に入社後は、主将としてチームを引っ張りました。徳島ヴォルティスとしてJリーグに参入と同時に、大塚から代表取締役社長として出向。ところどころではGMも兼任してきました。

Jに上がったばかりの弱小地方クラブ(われわれを筆頭に)にとって、一番やっかいなことは、毎年毎年の戦力が不安定で整わないことだと言われています。それは、選手獲得市場において存在する資金的、地理的、環境的不利。かといってまだユースから優秀な人材が上がってくるほど育成組織も成熟していない。ちょっと秀でた選手が出ると、資金力に任せたクラブがさらっていってしまう。そういう蟻地獄のような悪循環。

そんななかで、おとなりの鳥栖は、無名の大卒即戦力を揃えることをコンセプトにして成果を上げ、わが熊本は、他のJチームから早期に契約満了になったが若くてまだ伸びしろのある選手をかき集めることで、地域リーグからここまでのし上がってきました。

そういった新参J地方チームにあっても、徳島は大企業大塚製薬をスポンサーそして出資社の軸にして比較的潤沢かつ安定した財政基盤を持つクラブ。そのチームが何故、成績が“安定”していかないのかが不思議でした。いや、今ここにきて思うのは、逆にその経営的安心感と、そして皮肉なことにその会社が同時にクラブの前身のチームだったということが逆にことを難しくしているのではないかと…。

われわれが知っているJFL時代の大塚製薬というチームは、戦術もはっきりした、それはそれは憎たらしいくらい強い“企業チーム”でした。しかし、ほんの数年前のことなのに、今はあの頃活躍した選手の姿が全くといっていいほど見あたらない。かといって下位に甘んじるチームのご多分に漏れず、安定しない選手編成。毎年のように変わる指揮官(監督)。しかし一方で、常にコーチ陣は旧大塚製薬出身者で固められている…。残念ながらこの部分においての結果責任は、高本氏が兼務していたGM的?職務のうえで免れないものだったのでしょう。

いえ。いつものことながら他者を批評するような立場で言っているつもりは毛頭ありません。徳島にしても、こんな表面的なことだけでない複雑な事情があることは間違いないでしょうから…。

財政安定だけが順位を決めるわけではないというこのリーグの現実。逆に、大分にしても、あの小室事件の危機を乗り越え、MARUHANに敬意を表して胸スポンサー・ロゴを未だに付けないユニフォームで、堂々、国立での栄冠を手にすることができた。

われわれ一年生にとっては全て他山の石(ケーススタディ)。
要は全てクラブの歴史という経験の“積み重ね”の差なのですが、大分にしても徳島に対しても、一朝一夕には追いつけないその経験の差を、われわれがいまから一年一年埋めていく作業のなかに、漫然とした不安を感じてしまうのも正直な気持ちです。

さて、自身の足元に目を転じれば、最下位は免れたなどとのん気なことを言っていられない。今季目標としていたはずの平均観客動員数5,000人という“控えめな”目標にすらまだ達していないのです。あとホーム1試合を残して、15,000人という達成目標。われわれファンが自らの力で積み重ねるべき今季目標…。

かの高本氏が先日、母校の同級会のために帰郷してきたとき、友人にこう洩らしたそうです。「熊本(というクラブ)には可能性がある」と。
面識こそありませんが、いつか時が許せばその言葉の“真意”を知るために、氏と杯をかたむけたいものです。同じ志を持つものとして。「ご苦労様でした」という言葉を添えて。

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