J1・J2入れ替え戦第1戦。6年ぶりの復帰を狙うホーム仙台のスタジアムの雰囲気はすごかったですね。われわれは白岳片手に、この壮絶な戦いを単なる一サッカーファンとしてブラウン管経由で傍観することができますが、当事者(両チーム・サポ)にとってはいかばかりかと思います。この入れ替え戦自体は来年からなくなりますが、わがチームもいつかは同じようなギリギリのシチュエーション、身もすくみ息もできないような試合を迎える日が来るのでしょうか。

先週末はJ1、J2どちらも最終節。
J1は鹿島が連覇。一矢報いろうと奮闘する札幌相手に苦しむものの、さすが鹿島、きっちりと完封勝利をおさめましたね。鹿島というチームは見事に世代交代を果たしたなと思います。ユースを含め、高卒、大卒をしっかり育て、鹿島のサッカーにフィットさせているという印象。そこはクラブのコンセプトがはっきりしているという感じがします。

相反するのは浦和でしょうか。ユース出身はレンタルで外に出すばかりだし、若手の台頭が極めて少ない。大津高卒の坂本も契約満了で岡山に移籍のようです。それにしてもシーズン終了の最後の社長挨拶に対する、満員のスタンドからのブーイングは凄まじいものがありましたね。

熾烈だったのは降格争いでした。前半を終えた段階では、間違いなく千葉で決定と思われましたが…。あのホームのサポーターの大声援が奇跡を起こさせたのだと思わざるをえません。同点、逆転のとき映し出されるゴール裏は、みんな泣いていました。試合後の選手たち、キャプテンマークをはめた巻もしかり…。オシムが作った強い頃のチームもまた、ユース出身の無名選手たちの台頭に支えられていました。活躍の場を求めて移籍が相次いだことで、苦境にたちましたが、これを境にまた良くなっていくのではないか。根拠もなくそう思ってしまいます。

ベルディが札幌とともに1年でJ2に降格決定。親会社・日テレの過去最悪の決算もあり、来期からの戦力も心配されます。

翻ってわが軍は、「若手の台頭によりベテランからポジションを奪った」この1年といわれています。リーグ序盤こそ昨年から続くスタメン、フォーメーションで臨みましたが、徐々にそのポジションを、JFL時代はベンチを出入りしていた山本や宮崎、吉井、故障していた河端が占めていきました。

思えばまだ短い“ロッソ”の歴史のなかで、Jを目指すために集められた選手たちの多くは、Jチームを早々と解雇された若い選手たち。池谷監督は、まだ伸び代のあるこれら有能な選手たちの「Jに戻りたい」という強いモチベーションを集めることで、まずチーム作りに着手しました。

しかし、JFL2年目ではさすがに百戦錬磨のベテラン勢を要所要所に加えることで、「昇格へのプレッシャー」に打ち勝ちJ2の座を手にした。それぞれに、それぞれの役割があった3年間。それは全て、J昇格のためのチーム作りでありサッカーの内容であったと思います。

そして今年は、もちろん予算的なこともありますが、昇格組の常として選手獲得市場の時期からは当然出遅れた。あるいはトライアウトでも同じJのなかで末席に並ばざるを得なかった。それ故、補強は最小限に止め、ほとんど現有戦力で戦うという道を選んだ。そのかわり目指すべきサッカーのスタイルを追及し、そのためには選手をふるいにかける。それは選手を見極め、J2で通用するサッカースタイルを作るという “挑戦”でもあったのだと思います。

なにより成果に繋がったのはサテライト・リーグ参戦だったと思います。バスでの遠距離移動も辞さない強行スケジュール。チームとしても初めての経験でしたが、いつでもこのサテライトで選手たちが切磋琢磨していることが、J2元年の熊本の選手層の厚さに繋がりましたし、まさに若手の台頭に繋がったのだと思います。厳しい予算のなかで、多くの選手を抱えていたとはいえ、ほとんどの選手たちがリーグ公式戦で“試された”のも、このサテライトでの実戦と競争があったからこそと思います。

最終戦の広島戦の後、J‘sゴールのレポートで、井芹記者がベテラン選手の引退、昇格6戦士の契約満了に対して、「ここまでの4年間から、次なるタームに入ることを意味する。」と表現していました。時を同じくして、来期からはユース組織も発足。おそらくは引退4選手のいずれかが、その指導に当たるのではないでしょうか。まさしく今、熊本はJの舞台で突き進むべく、新しいバージョンに進化していっている途上。歩みを止めることなく進んでほしいと切に願います。


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