12日のJリーグ臨時理事会で、今季JFL3位の町田、4位の松本のJ2入会が認められました。両チームのサポーターのみなさんおめでとうございます。ようこそJリーグへ。わずか4年前とはいえ、われわれもあのときの感慨を再び思い起こさずにはいられません。

これでJ2は目標であった22チームに達し、同時に、JFLからの新たな昇格条件と、初めてJ2からの降格規定が示されました。いわゆる“底が抜けた”ということですが、これが今後日本のサッカー界にどのような影響を及ぼすのか。まあ、こればかりは“他人事”であってほしいと願わないではいられません。あの“青の時代”、JFLから九州リーグへの降格という苦い思い出がよみがえってきますが、JからJFLへの降格はそんなものでは済まないようなダメージでしょう。

さて、J2昇格4年目の年。高木体制の2年目は、昨季の7位躍進から順位は落として11位で終了しました。リーグ戦が終わって選手以上に“ほっと”してしまい、更新意欲を失っていたわれわれですが、きちんと今シーズンを振り返るエントリーを書いておかなければいけませんね。とは言っても、皆さん方が見たこと、知っていること、思ったことをなぞるだけになりそうですが・・・。

今季、スタートからのトピックスは、4-4-2の中盤をダイヤモンドにしたことでした。高木監督の意図は「たくさんの選手を使いたいから」。それは、昨季強固な守備を構築したのはいいものの、得点力不足に泣いたことへの対応。更なる上積みを図るため。攻撃に人数を掛けるためであり、ファビオをトップ下に起用することでもありました。そしてそのために今季の補強の目玉とされたのがワンボランチに耐えうるエジミウソン。ファビオと長沢との190センチ級の前線は、熊本にこれまでにない高さをもたらし、われわれは「高さの麻薬にはまりそう」、ファビオをして「高さのシャドー」などと書いたりしました。

しかし言葉の壁からくる戦術の理解不足なのか、あるいは研究された結果か、中盤を縦横無尽に駆け回るものの、昨年までのようにファビオがボールをキープできない場面が目立ちました。終盤では途中交代でトップに入ることも増えましたが、期待された得点源としての役割は十分には発揮できなかった。ここは監督としても計算が外れたのではないかと思います。

エジミウソンは、「さすが」とため息をつかざるを得ない読みとポジショニングで、相手の攻撃の芽を潰したり、最終的なピンチを防ぐ働きが随所にありましたが、いかんせん攻撃に転じた際の起点にはなれなかったと思います。もちろんこれは前線の動き出しの少なさ等、連携不足の問題もかかわってくるのでしょうが。

意外に(失礼!)奏功したと思ったのは、そのエジミウソン不在のときの原田のワンボランチ。判断のいいチェックで中盤を閉めて、ボール配給に努めました。彼の左足を使いたい指揮官は、エジミウソンがボランチを努めるときは一列下げて左SBに置きました。その原田からの大きなサイドチェンジのボールから市村がチャンスを作る場面が、ひとつの熊本の攻撃パターンではありましたが、「攻撃は市村サイド」と相手チームから研究されなかなか思うような展開ができなくなりました。プレースキッカーのほとんども原田の役割で、セットプレーから2点を奪いましたが、高さの割にはCKからの得点があまりにも少なかったことも今季1試合平均1点以下という結果の遠因でした。

手詰まり感のなかで、最終ラインからのロングフィードで前線の高さを生かす”ハーフチャンス”(競り勝って混戦に持ち込んではじめて決定機になる)ばかりを狙う展開に陥りました。

現在発売されている「サッカー批評ISSUE53」で西部謙司氏が、『Jリーグに見るロングボールの有効性』という興味深い考察を書いていますが、そのなかで「ロングボール戦法のメリットは、ハーフチャンスを数多く作るのに向いている」と書きながら、同時に「ロングパスを繰り返すと、戦列が確実に間延びする。MFが上下動を精力的に繰り返し、こぼれ球を拾い続けていれば問題ないが、この戦法に慣れているイングランドの選手ですら、60分前後で運動量がガタ落ちする」と述べています。

行政の理解により練習場がほぼ県民運動公園に固定されたことは、昨季と比べて大きな前進といえましたが、熊本の高温多湿な夏場にチームコンディションが著しく落ちるという問題はやはり改善されませんでした。ロングボールで狙うハーフチャンスはセカンドボールの奪い合い。そして間延びした大きなスペースでこぼれ球を拾い続けるのですから体力は消耗せざるを得ない。それが果たして監督の示した戦術なのかどうかもわかりませんから異を唱えるつもりもありませんが、いずれにせよ今季も夏場からのチームの不振は見るからに明らかでした。

ただ、われわれはこの時期の足踏み、あるいは大敗、連敗は、単に体調(コンディション)の問題だけだったのだろうかという疑問を今でも持っています。何度か書いたかも知れませんが、それは7月ホームの富山戦での引き分けから端を発していなかったかと。あれは鳥栖戦をなんとかスコアレスドローでしのぎ、次の千葉戦を辛くも先行逃げ切りで引き分けたあとの試合。相当の”神経戦”が続いたあとに待っていた25,000人を超える大動員試合でした。

「今まで目撃したことがない車の列、列。大渋滞。いくら動員試合とは言え、ここまでのものは経験したことがなかった」と、そのときわれわれは書いていますが、確かに飲み物を買おうにも長蛇の列に諦めて、喉がカラッカラになったことを思い出します。なにより問題だったのは、それらの観衆が試合に集中することなく、90分間スタンドを動き回ることによって、始終ざわついた雰囲気を醸し出したことでした。これが間違いなく選手たちの集中力にも影響していた。

そんなことは関係ないだろうという意見もあるかも知れません。しかしわれわれは09年、湘南が福岡に大逆転を喫した、あのネタのような「お茶配給事件」を笑い話とは思えませんでした。ピッチ上で起こっていることと無縁なスタンドのざわつきは選手の集中力を欠く。スタンドはピッチと一体なのだと。だからこそ応援に意味があるのであって。特にホームチームにおいては・・・。

大動員が悪いことだと言っているのではありません。それは新規のファンを獲得するためのひとつの有効な手段でしょう。しかし、あの神経戦の連続のあとのタイミングは最悪だったといわざるをえない。初めてロアッソの試合を観にきた人の集中力のなさを”集める”舞台では決してなかった。観ているわれわれ以上に浮ついた感じのする選手たちは、富山の変則的なシステムにてこずり、先制点を奪われながらも、なんとか同点にすることでハレの大動員試合に帳尻を合わせました。

そして、この3試合連続の引き分けから、学ぶべきもの、修正すべき点が少なくはなかったはずなのに、整理できなかったこと。それは結果が“引き分け”だったからなのかも知れない。「悪くはない」というイメージを持ってしまったのかも知れない。それがこのあとの大敗につながってしまったと思わざるを得ないのです。残念というしかありませんでした。

そんな見えない歯車が微妙に狂いはじめた状態で途中移籍の菅沼を迎えたことも、タイミングが悪かった。彼にとっても不幸だったのではないでしょうか。チームの売り物だった「組織的守備」が影を潜め、大量失点ゲームのあとも失点が途絶えませんでした。高木監督の選手起用法に多くのファンが首を傾げ、疑心暗鬼になり、古参のメンバーの起用を求める声がピッチの外から聞こえてきました。

ツリー型の4-3-2-1にシステムを変更したのは9月のホーム鳥取戦からでした。ソンイニョンのワントップに武富と大迫のシャドー。そこにサイドの片山、吉井が絡む。この試合から徐々に熊本にも、前線のターゲットに当ててのハーフチャンス狙い一辺倒から、流動的にボールと人が動く連携が芽生え始めたと言っていいのではないでしょうか。その後は、対戦相手や選手の特徴に合わせて、中盤を閉めて前線をワイドに押し上げた4-3-3のシステムなどを臨機応変に採用しました。

今季の前線は、清水からレンタルの長沢が一貫して使われ、それに最初は仲間、次第に大迫、武富が定着。ファビオとソンイニョンが絡むといった布陣でした。しかし、いずれのメンバーも若く、このリーグでシーズンを通してプレーする経験もなかった選手たちです。この若いFW陣に“得点力”を背負わせるには、あまりにも荷が重すぎました。終盤では鮮やかな崩しからの得点シーンも見られましたが、シーズン終了後に池谷GMが語った総括は、一言「パスを出す選手がいなかった」(熊日)ということでした。

われわれも周りの動きを待てる“溜め”を作れる選手がいればと思いましたし、加えて言えば試合中の状況判断ができる選手。悪い時間帯に凌げる選手とも言えるのか。それはまたフィールドプレーヤーにリーダーがいなかったという意味も含まれています。チームキャプテンは南という確固たる存在があるにせよ、試合中の状況判断という意味では、フィールドプレーヤーのなかにキャプテンシーのある選手が欲しかった。試合毎に、ゲームキャプテンが変わったことが、逆にその不在を示していたのではないかと思うのです。

しかし、チャンスを与えられた若手にとっては相当な経験の一年になったことは確かでしょう。そういう意味ではわれわれファンにとって、「我慢のシーズン」だったのかも知れません。思えば、発足から昨シーズンまで、常に何らかのステップアップ、結果を積み重ねてきたチームでしたが、これははじめて直面する状況でもあります。しかし、そんななかでも、終盤に華麗なゴールやアシストを重ねた生え抜きの大迫。今年一番の成長株。これも昨年、一昨年と使われ続けたからこそだと思います。願わくばレンタル選手も延長になって、今年のこの我慢が、来年への大きな飛躍につながってくれることを期待しています。

未曾有の大震災によって開幕翌週からの中断を余儀なくされたJリーグ。不謹慎な言い方かも知れませんが、われわれにとって見れば開幕勝利の勢いが削がれてしまったのか、それともエジミウソンの故障での不在期間を最小限に止めることができたのか。できれば何事もなく、過密日程のないスケジュールで全力で戦わせたかった。

ただ、野球界のように変に揉めることなく、整然と最小期間での再開を実現させたJリーグ。われわれにいつものサッカーのある暮らしを取り戻してくれたJリーグ。それはその後の福島原発の問題で耳目を集める中、世界中の人々に日本の平穏を伝えることの一助にもなったのではないかと思うのです。そして、中断期間にもチャリティマッチやチャリティ募金を独自に行った各チーム、選手たち、被災チームのサポーターにエールを送ったサポーターたちにも大きな拍手を送りたい。改めてサッカーを好きにさせた。そんなシーズンだったことを、最後に記しておきたいと思います。

TrackBackURL
→http://sckumamoto.blog79.fc2.com/tb.php/340-cab5612c