4月15日(日) 2012 J2リーグ戦 第8節
熊本 0 - 3 松本 (13:04/水前寺/5,472人)
得点者:39' 塩沢勝吾(松本)、72' 鐡戸裕史(松本)、76' 多々良敦斗(松本)


昔むかしのエントリーで、試合途中に退席する人に対して「野球観戦じゃないんだから・・・」と揶揄した覚えがあります。しかし、今日ばかりは、3失点目を見届けた後、席を立つ人たちを責める気持ちにはなれませんでした。

「惨敗、連敗、見せ場ない」(熊日朝刊)。翌日の熊日も、これでもかといった見出しを重ねましたが、点差うんぬんというよりも、これほど情けない気持ちになることは、確かにこれまであまり記憶にありません。

「技術的にはひょっとしたら、50-50ぐらいの感じだと思うんですけど、メンタル面を測ることはできないので」と高木監督は言い、スタンドで観戦していた藤本主税もブログで「メンタルの要素が90%を占めてた」と指摘しています。藤本いわく、そのメンタルとは「頑張りの空回り、意思が噛み合わない、人任せのプレー、ゴールへの意欲、1対1の局面、セカンドボールへの意識、繋ぐ勇気、急がば回れの勇気、いろいろある」と。

高木監督からして「やりたいこと、選手たちにやってほしいこととか、相手に対しての対応や対策の部分が全く機能しない、非常に難しいゲームだった」と述べたように、90分間、押されっぱなし、修正も反攻の気配も見いだせない、そんなゲームでした。

しかし。確かに選手たち個々のメンタルの問題はあったかもしれない。ただ、試合を左右したのはそれだけではなかろうとも思うのです。前々節の岐阜戦を思い出していただきたい。あの日の熊本も試合の入り方はいつものように悪く、その後の内容も決して流れをつかめているとは言えませんでした。しかし、我慢強く粘り続けることによって、少ないチャンスに加点して、結果的に3点の大量得点で勝利した。今日の試合。全くその逆の展開。その分岐点になったものは何だったのだろうかと思うのです。

熊 本
 20白谷 
14武富19五領
7片山38藏川
8原田10養父
4廣井5矢野
 22吉井 
 18南 
後半7分 五領 淳樹 → 仲間 隼斗
後半14分 白谷 建人 → ファビオ
後半35分 原田 拓 → 西森 正明


松 本
 19塩沢 
8弦巻32船山
16鐡戸14玉林
20須藤38喜山
23多々良4飯田
 28飯尾 
 21野澤 
ハーフタイム 須藤 右介 → 小松 憲太
後半37分 玉林 睦実 → 久木田 紳吾
後半43分 弦巻 健人 → 木島 徹也


試合を見ていて、はっきりと感じたのは二つ。
前線の白谷が(あるいは前線の3人自体が)チーム全体の“フタ”になっていたのではないか?
90分のなかで修正が効かなかったのはなぜか?

最初の点については、まずCFの白谷の競い合いの弱さや淡白さはいわずもがな、あのポジショニングは指示だったのだろうかと。サイドに流れていてPAに入っていかない。トップで身体を張らない。そうなると武富と五領の2シャドーは、シャドーではなく前線で”むき出し”になってしまう。

前にボールが収まり切らないので、守勢が続く。DFラインも急造なので、競り合いに負ける。焦って跳ね返したロングボールのセカンドは拾えない。攻撃に転じるスウィッチの共有ができない。行くのか、行かないのか。ひとつの歯車の狂いが連鎖して、チーム全体が”動き”を失っているような悪循環。

養父が、「つなぐ部分ではストレスは感じなかったんですけど、最後の部分では、もっと積極的にシュートを打っていいと思います。」「…ちょっと打たなすぎかなと。前へ出て行くのは状況を見ながらなんですけど、最後のところの判断が悪いかなと思います」「シュートで終われば流れも良くなるので、最初はもっと打っていいのかなと思います」と。決して白谷ひとりを言っているのではないでしょうが、これだけ言葉を重ねて、しかもコメントの全てがこの点を指摘しているという珍しいものです。

格下と見下した”上から目線”がなかったか。綺麗に決めようと思っているのか、それとも「いつでも決められる」という驕りがあったのか。エリア内の密集で“脚を振れない”という意気地のなさ。危険を冒さない、危険地帯に入っていかない。アタッキングサードでボールは回しつつ、勝負をしない熊本。「シュートで終われば流れも良くなる…」という養父の言葉と裏腹に、前半はシュート1本、後半に至っては、途中まで1本のシュートすら打てない(打たない)という状況に、ファンが落胆するのも当然でした。

後の点については、少なくともファビオを入れれば空中戦での勝負が見込める、ターゲットができる。ということは言えるわけです。しかし、カードを切ったのは後半14分。指揮官の躊躇が見える時間帯です。それ以前に後半7分の時点で、五領→仲間を先に動かしています。ここで、仲間にセンターの“役割”を担わせたのかどうか。指揮官の迷いも感じます。交代のファーストチョイスが仲間だったことはファビオのプレースタイルに対する評価と、裏表ということではないでしょうか。

決して白谷個人のパフォーマンスをあげつらっているのではありません。白谷のプレースタイルと、今のチームのシステム、チームの要求する戦術のミスマッチではなかろうかと。後半は足が止まるといわれた松本をスカウティングしながら、”先行逃げ切り”というゲームプランを選んだはずの指揮官。しかし、そこでやはり後半投入のジョーカーとしてファビオをベンチに温存し、白谷を先発させたことは、戦術の”迷い”ではなかったのか。

それにしても…。では試合中での采配、90分間を通して「相手に対しての対応や対策の部分が全く機能しない」と言えるほどのカードのタイミングや采配だったろうかと。ハーフタイムでは、これまでにないほど激しい口調で選手を叱咤したと伝えられる。しかし、そもそも選手を最高のメンタルで試合に送り出すのもモチベーターとしての監督の最大の仕事のはず。まずそれに失敗しているという事実。まぁ、しかしそれに関しては「プレーの意識も含めて、それをうまく修正、コントロールできなかった自分に対しても、反省というか責任を感じている、そういうゲームです」という反省の弁があるのですが…。

初出場のベテラン藏川が「お互いにもっと要求し合っていいと思うし、思ったことは言わないと、チームは良くなっていかないと思う」というのは、相当に控えめな発言。そして、そこには確かに加入したばかりの、しかしベテランならではが感じる”メンタル”の部分、おとなしい選手が多いという熊本の特徴が表れているのを感じます。その”証言”は重い。

ただ。福王も怪我から復帰し、高橋もいるのだから、DFラインは”本職”に戻したらどうだろう。藏川も加入し、市村も復帰が伝えられる。ならば4バックに戻すこともあっていい。この際”原点”に帰ってみてはどうか。システムはしょせんシステム。選手の顔触れ、チームの熟成度、相手チームの対応…、色々な変数があって選択するもの。残念ながら、今の熊本、誰が出ても同じ戦いができる、というような層の厚いチームではなかろうと。長いシーズン、彼我の変数の潮目に応じて戦術を変化させてよいのではないかと。何度も何度も、その都度その日のメンタルのせいにして終わっていても、なかなか次への進歩は見えないような気がするのです。

TrackBackURL
→http://sckumamoto.blog79.fc2.com/tb.php/352-05fc0d2c