4月17日(水) 2013 J2リーグ戦 第9節
熊本 0 - 1 愛媛 (19:03/うまスタ/3,501人)
得点者:90'+4 加藤大(愛媛)


何が起こったのか、すぐには理解しがたい、思考停止してしまった時間でした。

スコアレスのまま突入した後半のアディッショナルタイム。怒涛の攻勢で熊本が愛媛ゴールを襲っていましたが、愛媛はカウンターに石井が右サイドを駆け上がる。クロスに対してPA中央に入ろうとしていた愛媛の選手を、矢野が倒したとしてFKが与えられる。Pアーク付近からのFK。愛媛は壁のなかで3人がひざまずいて南からキックポイントの視野を奪う。加藤が蹴ったボールに、南は一歩も動くことができず、ネットに突き刺さりました。

サッカーの神様は、「これでもか」というほどの試練を与えます。

前節長崎の敗戦で心折れそうななか、多数の選手の怪我での離脱が発表されて、チームはまさしく緊急事態。藏川の穴には筑城を入れて、黒木に代ってボランチの一角には吉井を上げた。CBには開幕戦以来の福王。両SHは齊藤、養父。2トップは北嶋、ファビオという、なかなか腐心された布陣でした。

20130417愛媛

選手は闘っていました。前節の不甲斐ない敗戦。サポーターからのブーイングを受け、この試合、吉田監督は「倒れるまでやれ」と選手に指示し、「本来“気持ち”でプレーするのは嫌い」という北嶋は、「空回りするぐらい“気持ち”でプレーしたい」と言っていた(スカパー!)。

5戦勝ちなしの状況でしたが、守備は崩れていない。ケガ人は多いが、その分、控えにまわっていた選手にチャンスが来た。そしてこれは、チームが変わるきっかけになるかもしれない。チームと選手は違う部分がある。選手は選手で自身の生き残りのために死力を尽くす。それが競争。

思うに、選手層が“薄い”ということかどうか、ベンチメンバー、いわゆる主力と、そうでない選手の起用について、固定化しているようなイメージがあった。それが、少し風が通った感じなのは怪我の功名かも知れない。

ただ“闘っていた”ことは確かだが、前節も書いたように詰まってしまう形、足元のつなぎが目立つ。オープンでダイナミックな展開にならない。自信のなさか。安全に確実に“つなぐ”ことが目的になってしまっているのか。そして“作って”はいるが、フィニッシュあるいはその前での判断。フリーの味方にパスするのか、自分が撃つのかの判断。結果論かも知れないし、紙一重だが、そこがうまくいかない。

「全体を通して動きがあまり良くない状況」(石丸監督)だったという愛媛は、カウンターに活路を見出す。前戦の河原がうまくボールを収め、的確なスペースにパスを送り、また自身はゴール前に入っていきます。相変わらずうまいなと唸らされました。

吉田監督の心情を思えば、今まさしく初めてクラブチーム監督の苦境を味わっているに違いない。怪我人が出ても代えの選手が無尽蔵にいる“代表”というチームとは違うクラブ監督の仕事。待ったなしにやってくる(しかも過密日程)リーグという長い長い起伏に満ちたシーズン。しかし実はそれは“醍醐味”“冥利”と裏腹なわけでもあり。

長崎戦の敗戦の後、選手たちに「勝てなかったことは自分の責任」と言い切り、この試合後は「グループと個人の質を一歩一歩積み上げて高めたい」と記者団に語った指揮官の目線はしかし、われわれよりも、もっともっと遠くを見つめているに違いありません。

引き分けも敗戦というわれわれの見方からすれば6連敗になります。そして開幕から9試合、まだ1つしか勝てていない。怪我人が相次いでいる。 降格圏に限りなく近づいた。

けれど今節の光明は、吉井がやっぱりボランチの方がよかったということ。養父が“汗かき”SHにフィットしてきたこと。ドゥグラスが非常事態だからだろうが初お目見えしたこと。特別指定の坂田に可能性を感じたこと。

そしてなにより。この非情な現実を前にして、ゴール裏のサポーターたちからブーイングではなく、自然発生的に唄われた歌。「ロッソと共に我らは生きる」。顔を覆いながら、あるいはタオルマフラーで溢れる涙を拭いながら。選手たちのゴール裏への挨拶に、飛び跳ねながら唄われた”絆”の歌。

この崖っぷちだからこそのファンの想い。

ピッチ上の勝敗が一番ではあるけれど、常に勝ち続けるわけではない。うまくいかないことも多い。それは人生と全く同じ。勝敗を超える共感。これがサッカー。
「さあ、次だ、次!」。次に行きましょう。

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