11月12日(土)
【J2第41節】(うまスタ)
熊本 1-0(前半1-0)岐阜
<得点者>
[熊]清武功暉(35分)
<退場>
[岐]田代雅也(90分+4)
<警告>
[熊]村上巧(74分)
[岐]田代雅也2(53分、90分+4)
観衆:6,306人
主審:上村篤史


勝ちました。勝って自力でのリーグ残留を決めました。ようやくホッとしましたね。

「ダッカイ?ですか?」。試合前のコンコースで、久しぶりにお会いした元AC熊本社長の前田さんの「ようやくここまで来た」という感慨の後に発せられた言葉に、すぐにはその意味する漢字が当てられませんでした。

「そうです。リーグ脱会。このうまスタが支援物資の補給基地になっていて、それがいつまで続くかわからなかった。開放されても損壊の状況もわからず、スタジアムとして使えるかどうかわからない。いくらなんでもホームゲームを全て県外で行うということは不可能。だからあのとき、一部では自主的なリーグ脱会という案も出ました」という。「改めて正規な審査を経てリーグに復帰できないかという案」・・・。

今となっては非現実的な案とも思えますが、そこまでの切羽詰った考えがでてくるほどだったのだと、当時の混乱状況を想像させます。それほど先が見えなかったし、スタジアムだけでなく選手たちも多くが被災していた。手倉森氏がいつか言ったとおり「熊本だけが・・・」という状況でした。改めて、”熊本に居る”ことを選択し、柏や神戸をホームとして借りることでリーグ戦に復帰し、変則とも言えるスタンド開放でうまスタを使いながら、そしてスキップした試合を過密日程でこなしてきた、このシーズンがどれだけきつく厳しいものだったかに思いを馳せ、同じように「ようやくここまで来た」のだと感慨に耽りました。

だからこそ、勝って自力で残留を決めたい。こんなシーズンだったからこそ、みんなで笑ってホーム最終戦を終えたい。

奇しくも対戦相手はリーグ入会同期の岐阜。2連勝で降格圏内順位は脱したものの、まだ勝ち点40。ここで勝ち点を上積みして残留を確実なものにしたいという思いは同じでした。

互いにシステムは4-4-2。守備ではしっかりブロックを敷く。先に失点を許したくない。試合の序盤は”堅く”入りました。

20161112岐阜

危なかったのは16分。この日右SBで怪我から復帰した園田の頭でのバックパスをレオミネイロが奪うと、植田を交わしてエリア侵入。前に出たGK佐藤までも交わすとシュート。しかし、植田が戻ってスライディング。身体に当てて間一髪で防ぎます。

その後も岐阜に攻勢を許しますが、早く先制点が欲しい焦りからか、拙攻で助かっている。

すると35分。GKからのキックを清武と競った磐瀬が痛んで倒れましたがインプレー。左から作ってテヨンが右サイドを上がってきた園田に通すと、園田がグラウンダーで折り返す。ニアに走り込んだ清武が、左足でゴール左隅に流し込む。アタッキングサードでの、流れるようなパス回しから、熊本らしいゴールが生まれます。

ただ、レオミネイロを擁する岐阜に1点差では心もとない。前線には熊本にとっては特に嫌な名前、あの難波もいる。51分、その難波が右サイド阿部からのクロスを頭で合わせるが、これは枠の上に外れてくれます。

熊本も左からのFK。平繁のヘディングはわずかに枠の上。続いてはカウンターからのロングボールに清武が追いつきシュートを放ちますが、GKに遮られます。追加点がなかなか取れない。

風間や高地を入れることで勢いを増す岐阜の攻撃。守勢一方になった熊本は、平繁に代えて巻を投入。前線からの守備で、陣形を押し上げようと試みます。更には上原を入れてシステムを4-1-4-1に。

それでもバイタルを使われる熊本。清武も下がってディフェンス。マイボールになると駆け上がる。相当疲れているはず。とにかく凌いでいる。

告げられたアディッショナルタイムは4分。岐阜が最後に切ったカードは長身の瀧谷。その瀧谷、田代が落としたボールにゴール前競りながら長い足を伸ばすとGK佐藤の頭を越えた。わずかにバーを超えてゴールネットに転がる。スタンド中でホッとしたため息がもれる。

手拍子で選手たちを鼓舞するスタジアム。最後に入った嶋田が右サイドからカットインして放ったシュートはGKがキープ。しかし大いに沸く。いつもより長く長く感じる4分。早く終われ、早く。

主審の両手がまっすぐ上に向かれ、長い笛が吹かれた瞬間、スタジアム中がはじけるように立ち上がり、歓喜の声を上げ、マフラーを回しました。

選手たちは笑顔でガッツポーズ。勝利を喜び合う。互いを称えあう。ここまで長かった。とうとうリーグ戦の残り2試合のこの日までかかってしまったが、”残留”という大仕事を自分たちの手で成し遂げてくれた。

開幕から好調にスタートした。一時は単独首位に立ったときも。ただ、あの日起こった震災が状況を一変させた。リーグ戦に復帰しても連敗が続いた。それも大量失点での敗戦。勝ちたい、勝って熊本のみんなに笑顔を届けたい。そんな気持ちと、コンディション不良から動かない体との葛藤のなかで、巻が涙を流しながらコメントした試合もある。

スキップした試合の消化分ではわずか勝ち点1しかとれなかった。甘くはなかった。それほど過密日程は体力を奪ったし、練習試合もままならない状況は選手の底上げを妨げ、チーム力をも奪った。

それでも選手たちは戦い続けた。

ホーム最終戦恒例のセレモニーで、池谷社長は、「選手たちは泣き言も言わず、歯をくいしばって走りぬいてくれた。(当初の目標には程遠いが)残留はすごく価値があることだと思う」と述べて、そして後ろを向いてスタッフ、選手たちに「ありがとう」と頭を下げました。”歯をくいしばって”。それは常套句のように使われがちですが、われわれの選手たちにとっては、実に本当の状況ではなかったかと・・・。

清川監督は試合後、「震災でシーズン序盤はサッカーができない状況に置かれた中で、再開してからは結果も含めて辛い時期を選手全員が乗り越えてくれた」(熊本蹴球通信)と選手たちを称えました。

巻は「皆で1つのボールを追いかけて、皆でゴールを守って、本当にチーム一丸になった勝利だったと思います」(同)と言う。

この日、バックスタンドにはこれまで寄せられた他のチームからの寄せ書きや横断幕がたくさん掲げられていました。サッカーファミリーは、それだけでなく、多くの支援物資や義捐金を贈ってくれた。けれど、勝負事では決して手を抜かず、真っ向勝負で向かってきてくれました。日程やコンディション不足など言い訳にはできなかった。

ひとり熊本だけが取り残された状況で、苛烈とも言えるスケジュール、辛い連敗の時期も乗り越えて、ようやくようやくこの”残留”という結果をもたらした選手たちが、誇らしい。

そして、この残留を勝ち取った今だから、ひとこと言わせてもらえるならば、この熊本の残留を見届けて、内心一番ホッとしているのはJリーグ自身ではないでしょうか。冒頭のような脱会でもなく、また熊本だけのこんな罰ゲームのような過酷な措置でもない、リーグ方針にもっと違った選択肢はなかったのか。決して選手層の厚くない地方の小クラブがどんな状態になるのか、サッカーを知るものであればおよそ想像できたはず。この災害列島で全国リーグを仕組んでいくJリーグであれば、今回のケースは大いに反省、研究の対象になるのではないでしょうか。ことはJリーグの理念にも関わるものと考えます。

暮れかかるうまスタ。最後に手を振りながらスタジアムを一周する選手たちに拍手を送りながら、聞こえてくるのは、試合前選手たちを鼓舞する歌の原曲でもある、水前寺清子さんが歌う「HIKARI」。

「ただがむしゃらに。負けても諦めずに」。最初聴いたときは”負けても”なんてなんて縁起の悪い”応援歌”なんだと思いました(笑)が、震災を経験していまだ復興の途中にあるからでしょうか、リーグ戦を振り返り、この”残留”という結果を受けてまさに心に沁みる。そんな歌詞だと思いました。


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