2008.01.05 精神論考察
年末年始のロッソ特番、熊日の特集などほとんどに目を通しました。
特にKABのは出色の出来でしたね。ハンディカメラで追いかけた選手、監督の舞台裏での実声は、ドキュメンタリータッチで見応えがありました。今日のRKKのは、結構生々しかった。監督はじめ選手の”その時”の思いを語らせていました。

いずれの番組でも一貫して強調されていたのは、昨年のベテラン勢の補強により、試合のなかでの落ち着き、シーズンのなかでの焦りの払拭だけでなく、練習に向かう姿勢の厳しさなどがもたらされたというものでした。特に上村に対しては、どの報道をみても、その働きの大きさを実感させましたね。「お前にまかせる」「お前と心中する」(KAB番組内)と言わせるほど、監督の信頼が厚かったようです。試合中、最後尾から叱咤する姿、練習中、細かく指導する姿が、昨季のロッソのねばり強さを支えていたのだと再認識させます。丁度、J1昇格を支えた京都のDF秋田に似た存在だったのかも知れません。

昨季、補強の中心は彼らベテラン勢でしたが、これは一昨年の”失敗”から得た教訓に基づく監督自身の補強コンセプトにほかならないのでしょう。思えば、一昨年のシーズン途中での失速、敗戦後の監督コメントは常に「”気持ち”で負けていた」「”気持ち”が足りない」など、”精神論”に終始して、S級監督らしい?”戦術論”を聞きたい一部サポーターたちを苛立たせたものです。
敗戦後に報道陣に対して”戦術論”を語る監督もあまりいませんが、池谷監督は特にそれを口にしないタイプのようです。また、Jに上がるためには”失敗”できない、常に崖っぷちのようなシーズンにおいて、一番重要視していたのは選手のモチベーションだったのでしょう。そこに「Jに行きたいか!」というわかりやすい目標を掲げて、最後まで走り抜くことを要求した。だからこそ昨季は、チーム内部からの”気持ちの崩壊”を恐れて、経験豊かなベテランの補強に踏み切ったのではないでしょうか。

われわれはスポーツをやるとき”根性”を叩き込まれたおじさん世代ですが、根性論はともかくとして、意外と”精神論”って科学的なものだと思っています。
サッカーって、あと数センチ遠く足を伸ばせるか、あと数秒早く到達できるか、数秒早くターンできるかが勝負を左右するスポーツ。そういう身体の微妙な”キレ”って、日頃の鍛錬はもちろんですが、そのときの適度の緊張感という名の集中力と、自信という名のほどよい余裕が、それを可能にする、という経験があります。ファーストタッチでファインセーブしたGKが、その後、”のって”くるように・・・。
逆に、イライラしていたり、怒っていたり、動揺しているとき、例えばパソコンに向かうとすれば、とてもタイピングミスが多いことに気づかされます。心の乱れは、指先にさえ微妙に影響する・・・。

そんな「”気持ち”のこもった」ベストゲームが、連敗後のアルテ高崎戦であるし、われわれもべた褒めした水前寺での栃木戦だったのではないかと思いました。

さて、熊日の元旦付の特集で、高橋が今季のチーム戦術に関して聞かれて、いわく
「間違いなく昨年以上に良いプレーが出来ると思う。監督もコーチも『こんなサッカーがやりたい』という青写真を持っていたけど、Jに入るためには理想だけではやれない部分があった。」
と述べています。

やはりJ昇格というミッションのなか、なんらかの制約を持って試合に臨んでいたと思われる。それから解き放たれた今季、どんなサッカーを魅せてくれるのか、それも期待されます。
しかし、同時に何をモチベーションにして選手たちを鼓舞できるのか、その能力を最大限まで発揮させられるか、その点をはっきりさせたいために、監督は「次のビジョンを!」と今まさに叫んでいるのではないでしょうか。
それはもちろん熊日の特集で上村が言うように”J1”でしかないのは間違いないのですが、それをどう達成するかとういう具体的プランが、まさしく”夢”と”ビジョン”の違いなのでしょう。

戦術より精神がまず優先する。それがサッカーであるならば、迷うことなくフィールドの選手を鼓舞し、拍手を贈ることに努めたい。選手にあと数センチ足を伸ばさせるために、声を嗄らしたい。それがわれわれファンの成すべき努めでしょう。
同時に目指すべき”到達点”を示すのも、われわれの努めなのだと思いました。
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